北海道開拓の村、馬車鉄道で巡る蝦夷地開拓の歴史!|トピックスファロー

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2015年5月13日
北海道開拓の村、馬車鉄道で巡る蝦夷地開拓の歴史!

北海道開拓の村には52ヘクタールの敷地に63棟の建造物が移築されています。明治時代から北海道を開拓してきた庶民が、厳しい自然と戦ってきた証がそこにあります。札幌から車で1時間の野幌森林公園にあります。当時の人々の暮らしを見に行きましょう。

ライター
  
北海道開拓の村には52ヘクタールの敷地に63棟の建造物が移築されています。

北海道には平安、奈良といった古い時代の建物はないものの、明治時代から北海道を開拓してきた庶民が、厳しい自然と戦ってきたエネルギー、生活感あふれる建物が並んでいます。

江戸時代から明治維新と激動の時代に新天地北海道に渡って開拓民となった、普通の人々の暮らしが思い起こせます。札幌から車で1時間の野幌森林公園にあります。

北海道開拓の村に開拓時代の人々の生活を見に行こう

蝦夷地開拓の歴史に人々のエネルギーあり

広大な自然、グルメが喜ぶ豊富な食材が北海道の代名詞だ。
空の玄関口、新千歳空港から札幌へと向かうと高速道路の両側には、緑の平原が広がる。
そして遠くに山並みを見ることのない広大なパノラマにも圧倒される。

果樹園

新鮮な魚介類、ネタの大きいお寿司、ジンギスカンやとうもろこし、
じゃがいもなどの新鮮な食材はグルメが憧れる味覚の宝庫になっている。
しかし、それだけではない北海道の魅力がある。

北海道を訪れる観光客は自然景観は楽しみにしていても建築物への関心は少ない。
京都や奈良などに比べて神社仏閣などはなく、名所となっている建造物が少ないからだ。

北海道の建造物で古くから残存しているものは、江戸時代後半に盛んだったニシン漁で栄えた「ニシン御殿」あたりから明治時代以降の建造物となる。

map ⇒ ニシン御殿 貴賓館

平安、鎌倉時代の遺構が残る本州の観光地に比べると、北海道は歴史が浅いとの見方から、建築物はあまり観光の対象にならなかった。

しかし、北海道に残る建築物には開拓者の魂が宿っているといっていい。観光の対象にはなりにくいが、開拓者の情熱が創りあげた建築物は、北海道の違う側面での魅力だともいえる。

ひぐま

北海道が多くの開拓者によって切り開かれたのは、江戸時代から明治維新を経て、明治の新時代を迎える、日本の歴史の中でも劇的な変化を迎えた時代だった。
開拓者は北海道の厳しい自然の中で木を切り倒し、畑を開き、ヒグマの恐怖に打ち勝って広大な大地と戦ってきた。

暮らしの中には商家が少しづつ増え、病院、駅馬車の旅籠などの町並みが揃っていった。開拓の民が、厳しい自然の中で築いてきた建物には、小さくはあっても新天地で苦労を重ねて、いつか暮らしを確立させようとしてきたエネルギーを感じることができるのだ。

明治のモダン建築「北海道開拓の村」

開拓者たちが暮らした家屋をそのまま残し、移転し集めたのが、「北海道開拓の村」だ。

歴史に名を残す人物、ヒーローなどが居住した跡はないものの、開拓に命を燃やした庶民の、当時の生活にタイムスリップし、開拓のエネルギーが伝わってくる場所だ。

札幌の中心地から車で1時間の場所に北海道開拓の村がある。
入場口には、赤い屋根が印象的で大きい旧札幌停車場、1908年当時の札幌駅のモダンな建物が小高い丘に待ち受ける。
入場口を抜けると、停車場前には明治の北海道の町並みが広がる。その市街地群の奥に、漁村群、農村群、山村群が52haの敷地に広がる。

懐かしさすら感じる生活の跡

市街地群には、北海道の各地に建てられた明治時代の建物が、
まるで元からこの場所にあったかのように整然と並ぶ。

旧開拓使札幌本庁舎や、地方駅である旧手宮駅長官舎、旧小樽新聞社、旧北海中学校、旧札幌警察署南一条巡査派出所から、民家は旧松橋家住宅、旧有島家住宅など。

庶民の暮らしぶりをうかがわせるのが旧山本理髪店、旧近藤医院、旧島歌郵便局に、当時の産業をうかがわせる馬の蹄をうつ旧太田装蹄所や馬がひく橇の旧藤原車橇製作所などもある。
どの建物からも生活感が伝わってくる。

中の生活用品、家具も当時の物

生活感あふれる市街地群は人々の暮らしがしっかり新天地北海道で根付いたことを思わせる。
凍てつく冬、荒地を切り開き開墾して築いた土地で、たくましく生き抜いた人々の生活が目の前で繰り広げられる。

建物の中には当時の生活用品、道具がそろい、中に入るとまさに明治時代に紛れ込んだような気分になる。

例えば、旧三ます河本そば屋の店内には、当時使われたざるそばのセイロ、そばちょこが棚に揃えられ、大きなまな板と麺棒は、今まさにそばが打たれるかのようだ。

旧近藤医院には明治の医療技術を想像させる器具、寝台が揃う。
大きなカメラが並ぶ旧広瀬写真館の内部にも当時の写真がかけられる。

旧来正旅館や旧武岡商店は、店内に入ると、商人、主人と客がいて、突然やり取りが始まり驚かされる。

もちろん人形と録音されたテープなのだが、やや暗い室内、当時の内装の中で聞くと、リアリティを感じる。この仕掛けもいくつかの商店にあり、当時の様子を想像させる。

どれも内装品、建物の内装の雰囲気などは、100年以上前のものだが、どこかで見たことがある、懐かしい、と感じるものが多い。年配の方はもちろん、若い人も興味を感じるようだ。

ニシン漁に命をかけたヤン衆

市街地群の先の漁村群、農村群、山村群はなおさらだ。
ニシン御殿として有名な旧青山家住宅は、和洋折衷の建築様式に、内部には大きな梁が使われ、当時ニシン漁で財を築いた網元が贅を尽くした作りを見ることができる。

ヤン衆と呼ばれた、主に東北地方などからの出稼ぎ漁師が居住する番屋は、漁師一人には畳一枚しか割り当てられるだけ。
その空間の狭さ、隣の畳には違う人間がいたことを思うと、当時の過酷な生活は信じがたい。

農村群の旧納内屯田兵住宅は、屯田兵に割り当てられた狭い住宅。外装内装も薄く、窓もサッシではない木枠。
もちろんすき間風が入る。これで冬の零下の気温と豪雪に耐えた、厳しい生活を思い起こさせる。

旧岩間家農家住宅や旧樋口家農家住宅には、当時使われた農機具があり、くわやすきが展示されている。

馬車鉄道、冬は馬ソリ

入場してすぐの旧浦河支庁庁舎前から、馬車鉄道が運行されている。
農村群の旧ソーケシュオマベツ駅逓所までの約520m。冬季は積雪のため、馬ソリに変わる。馬に引かれてゆっくり村内を巡るのも、時代が感じられる。

白馬

村内にはボランティアガイドも存在して、各建物の由来などを聞くことができる。
グルメだけではない北海道の魅力にぜひ、触れて欲しい。

著者:メイフライ

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スポーツ関連や、バイオマス、太陽光などのエネルギー関連で取材、ベンチャー企業の企画室での職務経験があります。