池波正太郎が愛した店を巡るグルメ旅の勧め|トピックスファロー

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2012年10月17日
池波正太郎が愛した店を巡るグルメ旅の勧め

東京旅行の楽しみの一つは何と言ってもグルメ行脚。それもファーストフードやコンビニ飯ではない、本格的で歴史のある店を巡っての食べ歩きです。美食家としても知られた作家・池波正太郎が愛した店を中心に東京のグルメを紹介していきます。

WEBライター
  

多すぎて一日二日では網羅できない東京グルメの楽しみ

旅行の楽しみの一つは、食べ歩きをすることと断言してもいいでしょう。その土地でしか取れない食材を使った料理や名物料理は考えただけでも口の中に涎がわき出てきます。
そして東京旅行でのグルメの場合は、選択肢が多すぎて何かテーマを決めて食べ歩く店を選ばないと大変なことになってしまいます。店が多すぎて第一印象で飛び込んでも余りおいしくなかったり、予約が必要な店だったりと、空振りが続いてしまうこともしばしばです。

ここで提案するのが、「鬼平犯科帳」「剣客商売」などの作品で知られ、美食家としても有名な作家・池波正太郎が愛した店を巡るグルメ旅行です。池波が通った代表的な店を紹介していきます。

池波正太郎とグルメ

池波正太郎と言えば、「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」などの歴史小説家の代表格と言える大作家ですが、その一方で日々の食べ歩きや映画・演劇などの随筆集を次々に発表しています。
特にグルメに関しては一家言あって、随筆だけでなく小説の中でもちょくちょく描写が出てくることで有名です。
池波自身は1990年に逝去しているものの、随筆集などで紹介された店を訪れる池波ファンは今も絶えません。しかし、20年以上の時間が過ぎた今、贔屓にしていた店の一部は閉業していたり移転していたりで、二度と出会えなくなった店も少なくなっているのが難点かもしれません。

江戸三大蕎麦・藪そば

江戸の食文化を代表する食べ物と言えば何と言っても蕎麦です。江戸っ子は「粋」が大好きで、蕎麦は粋を気取れる格好の食べ物で、「そばを手繰る」とか「そばは噛まずに飲み込む」というようなこだわりが多く残っていることからも江戸っ子のそば好きがうかがえます。

中でも砂場、更科、藪は「江戸三大蕎麦」と言われており、特に現在浅草・神田・上野に店舗を置く藪そばは池波正太郎が愛した蕎麦として有名です。
藪そばはつゆが辛めで、ドボッとそばを漬けるのではなく先をチョン、チョンとつゆに付けてズズッと啜り込んでのど越しを味わうのが通。頼むのは温かいかけそば・天そばではなくもりそば・ざるそば。
そばを手繰った後は、のこったつゆにネギと生姜を入れて蕎麦湯で割ってぐっと飲む。蕎麦湯を飲んでこそ江戸っ子の蕎麦が最初から最後まで味わえるというものです。

池波正太郎が最も愛した神田・まつや

しかし、池波正太郎が藪そばよりももっと好んでいたのは神田須田町の「まつや」です。味がどうこうというわけではなく、「子供の頃に食べた味を思い起こさせてくれる」という意味で好み、まつやに通っていたとエッセイ内で独白しています。
池波がまつやでよく頼んでいたのが「カレー南蛮そば」。カレー南蛮の蕎麦は、本格的な蕎麦屋ではあまり扱わないメニューといえます。しかし、まつやは本格の老舗なのにカレー南蛮を出す。こういう所が池波の琴線に触れて愛されてきたのではないでしょうか。

江戸大衆の味・どじょう

最近はウナギが減少して値段の高騰やワシントン条約で保護などと騒がれていますが、昔の江戸っ子はウナギも食べるけれどもそれ以上に泥鰌も良く食べていたものです。
俗に「ウナギ一匹、ドジョウ一匹」などというように、ドジョウ一匹でウナギ一匹分に相当するほど栄養価が高いといわれている上に、田んぼや川に生息しているので庶民にとって身近な魚の一つだったのです。

池波もドジョウをこよなく愛した江戸っ子の一人です。合羽橋の「飯田屋」、浅草の「駒形どぜう」を贔屓にしていたようです。
どじょうは酒に漬けて臭みを取ってから煮込むと骨まで軟らかくなり、骨ごと食べるのが通。ささがきにしたゴボウやネギを入れて煮込んだどじょう鍋、卵でとじた柳川鍋は絶品です。

池波流の銀ブラ

いわゆる「銀ブラ」は銀座をぶらぶら歩くのが語源と言われていますが、本来は「銀座でブラジルコーヒーを飲む」という意味で、大正時代に活躍した文豪たちの間で流行していたといいます。
例にもれず池波も文豪たちのように銀ブラを楽しんでいたようです。もっともブラジルコーヒーを飲むだけでなく食べ歩きのための銀ブラだったようですが。
池波が好んだ店として有名なのが洋食レストラン「煉瓦亭」。創業が1895年という老舗洋食店の代表格で、日本の洋食の多くはこの煉瓦亭から生まれたといわれています。池波が好んだのはポークカツレツ。「十六、七の頃は皿からはみ出そうな大カツレツを三人前は平らげた」と随筆の中で記しているほどです。

そして、銀座鰻屋の老舗「竹葉亭」も池波が好んだ店の一つです。竹葉亭はウナギも美味しいのですが、〆に食べる鯛茶漬け・鮪茶漬けが非常に有名です。
脂が乗っていて、タレの照りが食欲をそそる鰻を食べて、杯を傾け〆に鯛茶というのが池波スタイルだったようです。

そして、「資生堂パーラー」も池波行きつけの店の一つです。兜町の株式仲買店で丁稚小僧をしていた頃から池波が足しげく通っていたといいます。特にチキンライスとポーク・カットレッツを好んで食べていたようです。

日本橋「たいめいけん」

銀座まで足を延ばしたなら、もうちょっと足を延ばして日本橋まで行ってみましょう。
日本橋の老舗レストラン「たいめいけん」も、池波がこよなく愛した店の一つです。たいめいけんは一階が大衆向けレストラン、二回が本格洋食レストランとなっています。
一階の名物は他の料理とセットでないと頼めないが、50円という破格の安さのボルシチとコールスローサラダ。池波はオムライスやロースカツ、二階の小皿料理コースを好んで食べていたようです。

池波流スイーツ食べ歩き

俗に「酒飲みに甘党はいない」と言いますが、池波は酒も飲めば甘い物も食べるといういわば両刀使いだったようです。なので、美味しい物を食べた後は甘味処やフルーツパーラーなどに立ち寄ってデザートを食べるというのも常だったようです。

池波が贔屓にしていた甘味処は様々ありますが、「昔の汁粉屋というものの匂いを残している店」と評価した神田の「竹むら」は外せないでしょう。都の歴史的建造物に指定される店のたたずまいはまさに池波が小説で描いてきた江戸文化そのものです。竹むらの名物は栗ぜんざいと揚げ饅頭。揚げ饅頭は作り置きせず注文の度に揚げているので時間が掛かりますが、待った甲斐のある美味しさです。

そして惜しくも2012年3月末で廃業した神田のフルーツパーラー「万惣」も、池波が贔屓にしていた店でした。特に701年間焼き続けてきたというホットケーキは、カリカリとしっとりが調和したまさにプロの業が光る逸品でファンも多かったのです。

著者:塩屋 謙

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職業は編集・校正、そしてWEBライターでもあります。興味の範囲を広げつつ、様々な記事を書いています。