16時頃。 「片道45分なら、なんとか日没前になんとか帰ってこれるかな。」 再び往復してきた山道を行くことにしたのです。ひたすら同じ景色の山道・・・。 再び雪道 戦闘シーンに出てくるような風景 この日は大晦日(2014年)でした。日本時間ではちょうど年明けのカウントダウンが始まる直前で
なノリでした。 ノルマンディーにあるレプリカの対空砲、本物ではないのでやられる可能性0 戦跡や博物館は観光地化が進むヨーロッパ ヨーロッパの戦跡というと、アウシュビッツ強制収容所、アンネ・フランクの家をイメージしてしまいます。そのため、ユダヤ人の迫害、虐殺という負の歴史なので重たいイメージを持たれ
す。それも、現地まで足を運ぶことによって得られる感動の一つだと思います。 何気ない街角も知識を付けるだけで立派な観光地になる 1945年、独ソのベルリン最終決戦の跡地を散策編では、ベルリンのど真ん中にある2008年まで使用されていたテンペルホーフ空港跡地を紹介しました。 テンペルホーフ空港には、ナチス時代
】シニア旅行者 ヨーロッパを周遊している日本人の旅行者で、一番多いのがシニア旅行者です。 ヨーロッパの一般的な観光地は当然、東欧のマニアックな都市にもいます。団体ツアーで参加している方々が多いですが、夫婦などで旅行しているケースも多いです。 特徴として、若かりし頃は現代ほど海外旅行が一般的ではなかった世代です
の博物館の展示をじっくり見学していると、それだけで1日が過ぎてしまいます。当然、海外旅行には時間に制限があります。他の観光地を周る兼ね合いも考えて、効率的に周ることが必要です。ですから、博物館は一部分だけを重点に見学するという方法を勧めます。 ②大英帝国戦争博物館の前で開門を待つ人々 博物館オリジナルのコー
が被害が大きかったフランス、ベルギー 日本人は世界大戦というと、第1次世界大戦で日本は限定的な参戦だったこともあり、あまり馴染みがありません。 しかし、ヨーロッパ各地を歩いていると、「1939-1945」だけでなく、「1914-1918」というメモリアルにも目がつきます。 第1次世界大戦も戦死者数百万
した。20代の頃は、純粋に海外の行ったことない未知の国、都市へ行くことが目的でした。旅行スタイルもガイドブックを片手に観光地を周るごく普通の旅行スタイルだったのです。 その旅行の中で、特に何に興味を持っていたかというと、戦争遺跡でした。 旧ユーゴスラビアの国々の都市の生々しい内戦の跡、イラク戦争直後の中東の国々
びかけるためでした。有名な総力戦演説です。 ゲッペルス「君達は総力戦を望むか?」 演説に集まった聴衆は熱狂します。 しかし、その4日後、ミュンヘン大学のハンス・ゾフィーと兄達が、スターリングラードの敗北を批判するビラを校内で撒き散らし、捕まってしまいます。彼らは「白バラ」という反ナチス運動のグループを
した兵士や、祖国の家族や友人への兵士の手紙を輸送したのもグラクム飛行場でした。 グラクム飛行場 ヴォルゴグラードを飛行機で訪れた旅行者が、最初に降り立つのがそのヴォルゴグラード空港です。空港のターミナル自体はそれほど大きくなく、飛行機を降り立つと小さいカウンターを抜けたらすぐに外に出られます(モスクワ乗
母なる祖国像の隣には、教会もあり、新郎新婦や新生児が洗礼を浴びている姿も見られます。 ヴォルゴグラード市内ではあまり観光客の姿は見られませんが、ママエフの丘は国内外からの観光客で賑わっています。景観が良いので、丘に寝そべって一休みしている人たちの姿も多くみられます。 教会 今でも現役で稼動するトラクタ