お一人さまでも安心!世界遺産・高野山の宿坊寺院へ行ってみよう|トピックスファロー

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2015年8月13日
お一人さまでも安心!世界遺産・高野山の宿坊寺院へ行ってみよう

高野山を深く知りたい!と宿坊に住み込んだ、元は参拝者の立場だった筆者。厳格な場所かと思いきや、意外にゆるくて寛容なことに驚く。厳しい修行の場所だという先入観を一度取り払って、人にやさしいひとつの家庭だと考えてみてはいかがだろうか。

精進料理人 兼 WEBライター
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Webでは分からない宿坊寺院の真実とは

2004年のユネスコ世界文化遺産登録で、世界的に有名になった高野山。近畿・四国地方を中心とし、全国的に信者やファンを抱えるこの一大霊場の名を、誰しも一度は耳にしたことがあるだろう。
根本大塔

インターネットで、この高野山について調べるには、実は若干のコツがいる。高野山から発信されている情報が、他の大型観光地に比べて極端に少ないのである。

これは高野山が、超高齢化した田舎の小さな自治体に属し、技術者不足も相まってIT化が遅れていることが一因である。

そのため、手っ取り早く情報を得るなら、高野山の外から発信される情報に頼るほうが効率が良い。

全国の真言宗寺院・旅行会社のサイト閲覧と並行して、実際に高野山を訪れた観光客の口コミに目を通すことをお勧めする。

関係者や信者ではない観光目的の方の口コミは、信仰心や商魂の介在しない「素直なナマの声」であり、補助情報として十二分に価値がある。

筆者は世界遺産登録以前からの高野山ファンの一人であり、実際に高野山の宿坊寺院に住み込んで、料理人として働かせていただいたことがある。そこで見た宿坊寺院の姿の一部を、この記事でお届けしたい。

厳しいところではないが、訪問客としてのマナーが大事

宿坊寺院は、高野山の目玉のひとつである。古くから参拝者への便宜をはかり、旅の疲れをゆっくり癒せる場所として、旅行者の間で静かなブームになっていると言われている。

一方で、格式の高いお寺に泊まるということで、時間や行儀に厳しく、遅刻などの粗相をすると叱られる場所なのではないかと尻込みしてしまう方も多い。

お寺は本当に厳しくて、緊張を強いられるような場所なのだろうか?結論から言えば、答えはNO。

参拝者や観光客は、あくまでもゲストである。厳しく言われるのは、おもてなしする側の僧侶や使用人たちであり、おもてなしされる側であるゲストに対して居丈高に叱りつけることはない。

確かにお寺では仏さまをおまつりし、僧侶の修行場・関係者の職場ともなっているが、それを除けばちょっと裕福な一般家庭と似たものだと考えてよい。

よそのお宅へ泊まるときと同じ心構えで

なぜなら、お寺では宿泊料金はかかるものの基本理念として主客が平等。ホテルにおける従業員とお客様、またお寺の住職と修行僧などのように、上下の別が存在しないのが原則だ。

よって、ゲストとして気を付けるべきは、お客様や修行者としてではなく、純粋な訪問者としてのマナーである。よそ様のお家に泊めてもらうときに、主人や奥方に対してわがままを言ったり、夜遅く勝手に外出したりはしないであろう。お寺でもそれは同じであることを心得ておきたい。

料理が部屋出しの宿坊も

宿坊寺院の宿泊は、各種旅行サイトや旅行代理店のカウンターで予約できるほか、高野山宿坊協会に電話をして斡旋を受けるという手もある。お目当ての寺院が決まっているなら、直接電話してお部屋を予約することも出来る。

1泊の予算は、素泊りで6000円前後から、朝夕2食付きで1万円前後から。インターネット予約やパッケージ旅行では、自分のニーズに合うプランが見つからないことも多いので、その時は直接お寺に電話をして相談すると良い。

なお、初めて行く場合は、高野山の中心街でありバスの発着も多い「千手院橋」周辺のお寺を選ぶと不安が少ない。

お一人様へのオススメどころは、精進料理に力を入れている一乗院、根本大塔や霊宝館にも近い遍照尊院など。中心部の喧騒を避けながらも各スポットへのアクセスがよい寺院である。

奥之院を重点的にお参りするなら、東エリアの恵光院が料理にもこだわっている。金剛峯寺と奥之院のほぼ真ん中に位置する持明院は、すべて食事を部屋出ししており、一人旅でも気兼ねなく泊まりやすいので、併せてお勧めしたい。 持明院_門坂

宿坊は家庭的で温かいところ

きちんとマナーを守るようにしていても、ついうっかり粗相をしてしまうことは誰にでもある。慣れない土地で困ったことが起こったり、どうすれば良いか分からなかったりすることも、よくある話である。もしそのような事態が起こったら、遠慮せずに僧侶や使用人に相談しよう。

悪意や故意でない限りきつく叱られることはないし、何か困ったことがあれば解決に向けて動いてくれることもある。

ここでは実際に存在する、宿坊の人情を感じられる例をご紹介させて頂こう。

寛大で温かな心遣いに感動

お寺の朝は早く、お勤めは朝の6時前後、朝食は7時前後のところが多い。ホテルのように自分で食事の時間を設定することは、理由がないかぎり基本的に出来ない。そのため、遠方から旅をして来て高野山のスポットを歩き回り、夜もつい夜更かしをして疲れてしまい、寝坊をしてしまうゲストも現れる。

庫裡では朝食の用意が済み、客室係も声掛けをして待機しているが、誰も怒る者はいない。疲れて寝込んでしまっているのだろうとして、その場はひとまず待っている。次にするのは、体調が悪くて起きて来られないのではないかという心配である。やがてゲストが寝ぼけまなこを擦りながら起きて来たら、皆ホッとして朝食を温め直すのだ。

もしうっかり寝坊をしてしまったら、真っ先に寺務所に内線を入れてその旨を伝え、安心させてあげて欲しい。そして体調が悪いときは、遠慮なく申し出て病院を紹介してもらおう。

アレルギーだって?じゃあ献立を替えようね

アレルギーを持つゲストの食事は、事前に相談することで対応してくれるお寺もある。高野山の宿坊といえば精進料理だが、特に豆アレルギーと小麦アレルギーの方は、一般のゲストに提供される献立だと満足に食べられない。

せっかく高野山までやって来て、名物の精進料理を食べられない。本人も好きでアレルギーになったわけではない。周りが美味しそうに食事をする中で一人だけ食べられないなんて、あまりにもかわいそうだ。そのようにお寺では考えて、庫裡責任者である住職夫人や、料理長を中心に特別メニューを作成する。

アレルギーを持つ方も諦めずに、前もってお寺に相談されたい。何は食べられて何はダメかというリストも添えれば、食べられる範囲の食材を駆使してお膳を作ってくれるだろう。

高野山は生きるために来るところ

深刻な悩み事を抱え、死にたいという気持ちを持って高野山に来る人がいる。そのような人のたいていは滞在中に自分なりに何かを得て考えを改め、そして山を下りて行く。だが、中には自分の中だけでは処理しきれずに、どうして良いか分からずに苦しむ人もいる。

ある僧侶は言う。「高野山は、亡くなった方のためだけの場所ではない。生きている人が、生きる元気をもらうための場所でもある」。

お寺の人たちは、人間も含めて生命を大切に扱い、縋ってくる人にも親身である。悩み苦しむ人のたいていが、孤独を感じているということも理解している。僧侶でもエプロン姿のおばちゃんでも構わない。一人で処理しきれない感情があるなら、宿坊で少しお話しして、人のぬくもりを感じてみると良いだろう。

奥之院参道

十人十色、百人百色。懐の深い高野山が待っている

如何であろうか。高野山の宿坊寺院はゲストを修行僧のように束縛し、厳しく指導するような場所ではないことを感じていただけただろうか。僧侶や使用人たちは住職を父親と慕う、仲の良い大家族のようなもの。「家」に迎えたゲストがゆったりと心身を安らげ、笑顔で過ごしてくれるならば、それが彼らの喜びになる。

一人で宿坊寺院を訪ねることの醍醐味は、何といっても誰にも邪魔されずに、さながら自宅にいるような感覚で寛げることである。

寺院によっては僧侶の指導のもと、写経や阿字観という瞑想も体験できるが、お一人さまなら自分のペースでじっくりと集中して取り組むことが出来る。

また、お部屋でごろごろして、ふと起き上がって境内を散策したり、ぶらりと近所を歩いたりなど、一見無駄で無意味に思えることを思いつくまま楽しむのも贅沢であろう。高野山の周りにはハイキングコースもあるので、トレッキングスタイルでそれらを行脚するのも面白い。

十人いれば十通り、百人いれば百通りの楽しみ方があるのが、懐の深い高野山という場所である。

背筋を伸ばすのは、本堂で仏さまを拝むときだけで良い。客殿においては十分にリラックスし、お寺の面々の家庭的な温かみに触れ、都会では得られない非日常を味わってほしい。そして、自由に「あなただけの宿坊と高野山」を見つけていただけたら幸いである。

著者:増田明空

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社内外、公私を問わず無報酬の「モノ書き」をするうちに、兼業でもライターが出来ると知って始めました。価値観は恐らくマイノリティに属します。
ものを書くときは、「社会通念・固定概念・枠や型にとらわれない」を信条としております。