親日的で知られる国とその背景について
親日的な国やその国に住む人の、日本に対する思いはさまざまですが、その背景を知れば、直接行って、その思いに触れてみたくはず。
トルコ
トルコが、親日的になったきっかけとして有名なのが、1890年に起こったエルトゥールル号の事故です。
当時のオスマン帝国の軍艦エルトゥールル号が、日本からトルコに戻る航海の途中に、和歌山県串本町沖で遭難。587名が死亡・行方不明という大規模な海難事故となりました。
地元の人々によって救出された69名は、献身的な介護によって一命を取り留め、翌年には、日本海軍の2隻の船により、全員が無事、トルコのイスタンブールに送り届けられたのです。
この際の、地元の人々の救助や日本政府の活動が、新聞報道によってトルコ国内に知られることになり、日本に対して好感を持つ人がふえたとされています。
その後も、トルコの人々はこのエルトゥールル号の恩義を忘れず、1985年、イラン・イラク戦争の際に、イラン国内に取り残された日本人のために、2機のトルコ航空の飛行機を派遣。危険を顧みずに日本人を救出した乗務員には、2006年日本政府から勲章が授与されました。
パラオ
photo by LuxTonnerre on flickr
フィリピンの東の、太平洋上に浮かぶ島国のパラオは、第一次世界大戦後のパリ講和会議によって、日本の委任統治領となりました。
日本の統治によって、それまでのスペインやドイツによる統治では行われなかった、道路や学校、病院の整備によって、島の生活環境が向上。当時6,500人ほどだったパラオの人口に対して、2万人以上の日本人が移住し、当時の首都コロールは、近代的な街へと発展していきました。
1981年に「パラオ共和国」として自治政府を発足。第二次大戦後のアメリカの統治を経験したパラオの人たち間では、日本の統治時代を懐かしみ、親日感情を持ち続けているのです。
一部の州では、現在でも日本語が公用語として教育されているほか、チチバンドやサルマタなど、今では日本でも使われなくなった古い日本語が受け継がれています。
ポーランド
第一次世界大戦後の1918年に独立したポーランドでは、当時、シベリアに抑留されていて亡くなったポーランド人の、孤児が取り残されるという事態が発生していました。
ロシアと戦争中だったため、孤児を救うのが困難となったポーランド政府からの援助要請に応じた日本政府は、日本赤十字と調整。当時、シベリアに出兵中だった日本軍などの協力に得て、2年間で700人以上の孤児を保護し、日本国内で介護して、健康になるとポーランドに送り届けるという活動を行ったのです。
当時、日本で療養した孤児だけではなく、ポーランド人の中でも、日本へ好感を持つ人が多くなり、親日感情が広まったのだそうです。
キューバ
社会主義国の中で、最も親日的なのがキューバです。
第二次世界大戦で、アジアの小国がアメリカを相手に戦争をしたということが、キューバ人にとっては良いイメージとなり、日本びいきの人が多いのだとか。
キューバの指導者だったチェ・ゲバラやフィデル・カストロは、アメリカの原爆投下に心を痛め、来日の際には、広島平和記念公園を訪れて、原爆で亡くなった人の慰霊を行っています。カストロが親日家であることは有名で、特に、野球好きなことからイチロー選手などの日本人選手を高く評価する発言も多いようです。