常に鉄仮面で孤独な病院通い。うつ病の妹と・・・同士だと見抜いた人
うつ病を患っている人の最大の悩みは、うつ病というものがまだ、あまり多くの人に理解・認識されてない、ということがあります。
家族や友人からでさえ、ただの我がままだと思われています。
うつ病患者は孤独だといえます。
しかし、同じ悩みを打ち明け合うことで心の負担が軽くなることもあるようです。
突然ですが、私の妹は何度も死にかけています。
原因はうつ病です。
当時、マンションの6階に住んでいたのですが、背中を押されるのだそうです、見えない何かに。
前に進みます。
また背中を押されます。
また更に前に進みます。
気がついたらベランダのふちまで来ていました。
飛び降りる寸前でハッと我に返るのだそうです。
その頃の妹といったら薬の量はハンパなく、お菓子の様にじゃらじゃらと口にほおりこむのが決まり事でした。
ある時、そんな妹を同士だと見抜いた、鋭い会社員男性がいました。
いつも朝1番、2番で病院に並ぶ常連同士です。
シェパードに似た顔をしていたので妹は心の中でいつもそう呼んでいたのだそうです。
そのシェパードが、うつむいて並んでる妹の顔をのぞき込み話しかけてきたのです。
シェパードは低い声でぼそぼそと、しかし、しっかりとしたしゃべり方でなおもこう続けます。
妹が、確認を取るように私の顔をのぞき込みます。
私は軽く数回うなずき、ゴーサインを出しました。
私は私で、ともすればナンパとも勘違いされかねない行動を取ったシェパードの心奥底の誠実さ、真面目な様子を見抜いていたのです。
妹とシェパードはせきをきったようにそれぞれの病状をうったえ合い、先生が出勤されるまでの1時間以上、同じ病に悩む者同士として熱く語りあいました。
何でもシェパードは妻と子供2人に加え、要介護の妻の両親も同居してるそうで、ヘルパーやケアマネも出入りするし、家の中は騒々しくてとても安堵を求めることはできないそうです。
おまけにシェパードの奥さんも介護疲れ・育児疲れで最近軽く病んできたので、シェパードが倒れてる場合じゃないどころか、もう、すべての荷がシェパードの肩にかかっていたのです。
「連絡先を教え合うのはフェアなやり方ではない」
との、シェパードの申し出で、シェパードも妹も病院で逢った時だけ、心境を分かち合いました。
私はほどなくして、妹の病院への付き添いは終わりにして、車での送り迎えだけ担当する様になりました。
これ以上、シェパードの話を盗み聞きするのはよくないし、何よりシェパードに失礼にあたる、と判断したからです。
そして、今は偶然にも2人とも同じスピードで回復の兆しが見えてきて、朝一番の診療の必要がなくなったので、必然的にシェパードと妹は語り合うことがなくなりました。
ごくたまにバッティングした時は笑顔でハイタッチして、今飲んでいるお薬を見せ合うのだとか。
コピー機にでもかけたように、不思議と2人はその都度同じ薬を飲んでるのだそうです。
それで、笑いあう、そんな日常となったのです。
妹に訪れたまさか夢のような「寛解」
そうなんです。
お薬とはまだ残念ながら縁は切れませんが、妹は今、パートに出ています。
週に3日、一回3時間の軽作業。
子供もいない夫婦2人きりの生活なので、うつ病もほぼ治ってきている現在、体を持て余すのだそうです。
と私は妹に会うたび声をかけるのですが、
「家にじっとしていてもよくないから」
と笑って答える妹はあのころの妹とはまるで別人です。
私も姉としての気負いがあった分、肩の力が抜けて楽になりました。
妹の病院への送迎の負担がなくなった現在は、普通の子持ち主婦に戻りました。
子供たちが学校へ行ってる間は、妹がよく訪ねてきます。
「パンケーキ、パート先の残り物だけど」
と、仕事先で作ったパンケーキやマドレーヌにハーブティーを持参してきてくれ、本来私が妹をもてなす手間を省いてくれるどころか、まるで逆ですね。
そして、私たちの間で今でもたまに病院の話が出ます。
最近の一番ホットなシェパードの話題は、私が子供を乗せて運転中、何とシェパードの車とすれちがったことです。
シェパードは商用車に乗ってスーツにネクタイ姿でしたから、薬を服用しても車を運転できるレベルまで心身が回復したのだと推測されました。
このことは、マドレーヌ片手にうちを訪ねてきた妹にすぐさま伝えました。
妹はマドレーヌをのどに引っ掛け、大きくむせた後、
かくいう妹も週3日とはいえ継続的にパートに出ているのですから、その回復力たるやシェパードと同じく、大したもんです。
現在の妹は、子供が欲しい、との理由からお薬を錠剤から漢方薬に切り替えてもらってます。
子作りに差し障りのない、身体におだやかな漢方薬。
早く健やかな赤ちゃんに恵まれるといいね、と私はそれこそ我がことの様にいつも祈りをささげています。
今もこうしていろいろ忙しくしていながら、妹夫婦のところに早くコウノトリが飛んできますように!と思いをはせています。
ピンポーン。
チャイムが鳴りました。
おそらく妹がパート先の帰りにまたうちへ寄ってくれたのでしょう。
急いでインターホンを取ると、画面にマドレーヌ片手にニコニコして立っている妹が映りました。