【第76回】パリの街角に残るレジスタンスの悲劇の痕跡-その1|トピックスファロー

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2019年5月17日
【第76回】パリの街角に残るレジスタンスの悲劇の痕跡-その1

フランス国内には、ド・ゴール将軍の自由フランスに賛同したレジスタンス達による、ナチスドイツへの抵抗運動を行う組織がいくつもありました。首都のパリにはレジスタンスが逮捕されたり、処刑されたりした現場が残っています。

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決して一枚岩ではなかったフランスのレジスタンス

1940年6月、フランスがドイツと休戦条約を結び、パリはドイツ軍の軍靴に踏みにじられます。しかし、パリに入城したドイツ軍は規律が正しく、市民に対しても丁寧に振舞ったので、最初はドイツ軍を恐れおののいていたパリ市民も安堵します。その一方、ドイツはフランスを属国と位置づけ、食料を始めとした物資を徴発していき、パリ市民の生活は苦しくなっていきました。

フランス人の子供を抱くドイツ軍兵士の姿フランス人の子供を抱くドイツ軍兵士の姿

当初は、ロンドンへ亡命したシャルル・ド・ゴールを首班とした「自由フランス」による徹底抗戦への呼びかけにも、あまり反応することがなかったパリ市民。しかし、徐々に反独感情が強まります。

フランス国内には、ドイツや傀儡政権の「ヴィシーフランス」に対して、レジスタンス(対独抵抗運動家)活動をする団体がいくつも誕生。しかし、「2つの政権に分かれていた第二次世界大戦中のフランス」編でも紹介した通り、フランス国内は様々な政治思想が渦巻いている時代だったため、レジスタンス内でも対立がありました。そのため、一丸となってドイツに立ち向かうことはできませんでした。

レジスタンスが使っていた武器や破壊された鉄道レジスタンスが使っていた武器や破壊された鉄道

次に、パリのレジスタンスの痕跡を紹介します。

凱旋門の近くにあるレジスタンスの受難の地

レジスタンス活動は、死と隣り合わせの大変危険なものでした。

パリにドイツ軍の兵士が入城すると共に、ドイツ本国からは、ドイツに対して反抗する不穏分子を摘発するために、ナチスの親衛隊の指揮下にあったゲシュタポ(秘密警察)も入ってきました。

ゲシュタポは、レジスタンスを捕まえたら、最初は丁寧に扱い、ドイツ側のスパイに寝返るように促します。しかし、それを拒否されると一転、徹底的な拷問で痛めつけるという手口でした。それによって虐殺されたレジスタンスがいる一方、ドイツ側に寝返るレジスタンスもたくさんいました。

数ある拷問の中でも常用の手口に「浴槽の刑」というものがありました。
膝と手を縄で縛り、浴槽の冷水に頭から漬け込んで、気絶するまで抑えておきます。意識が戻り水を吐くまで、顔面を何度も殴打するといった拷問を、何度も繰り返したのでした。

観光客で賑わうシャンゼリゼ通りと凱旋門の周辺には、レジスタンスが拷問を受けた建物がいくつか残っています。

ゲシュタポの拷問施設があったフォッシュ通りから見た凱旋門ゲシュタポの拷問施設があったフォッシュ通りから見た凱旋門

高級住宅街のゲシュタポの拷問施設

パリで最も恐れられていたダネッカーというゲシュタポがいました。凱旋門から放射状に延びる道の中で、各国の大使館などが置かれる閑静な高級住宅街であるフォッシュ通りに、ダネッカーが拷問に使った建物がありました。

凱旋門から見て、フォッシュ通り(Avenue Fosh)の左側、31番地にありましたが、住所の番地まで赴いていたら、当時の建物は残っていないようでした。

ゲシュタポが拷問に使った建物があった跡ゲシュタポが拷問に使った建物があった跡

ダネッカーの拷問施設
住所:Avenue Fosh 31

住宅密集地のゲシュタポの拷問施設

ダネッカーの拷問施設から更にフォッシュ通りを進むと左側に伸びるポンプ通り(Rue de la Pomp)があります。ポンプ通りには、「ポンプ街のゲシュタポ」といわれたフリートリヒ・ベルガーの拷問施設がありました。こちらは当時の建物がそのまま残っています。

ポンプ通りは、高級住宅街だったフォッシュ通りから一変、下町風の住宅や商店が立ち並んでいます。

ポンプ通りポンプ通り

ベルガーが拷問に使った建物は、フォッシュ通りからポンプ通りに入り、最初の左側に伸びる道(ラステリー通り Ru de lasteyrie)との角にあります(180番地)。現在はアパートとして使われているこの建物の2階に、ベルガーは部屋を借りていました。

ゲシュタポの中でも、ベルガーは拷問方法が残忍で、他の機関と比べても死者数が多く、拷問されたレジスタンスの悲鳴がポンプ通りに聞こえたそうです。確かに建物が密集しているポンプ通りを歩くと、周囲の建物には悲鳴が聞こえてきてもおかしくないと感じます。

ポンプ街のゲシュタポの建物ポンプ街のゲシュタポの建物

残忍極まりないゲシュタポの拷問で、裏切ってドイツ側に寝返るレジスタンスも後が絶ちませんでした。彼らはスパイとして、レジスタンスの情報をゲシュタポに密告します。それによってレジスタンスの活動も一網打尽にされることもありました。

ベルガーの拷問施設
住所:ue de la Pomp 180

レジスタンスの大物が逮捕された地下鉄駅

ゲシュタポの拷問施設があったポンプ通りを更に歩くと、ドイツ側に寝返ったレジスタンスの裏切りによって、レジスタンスの大物が芋づる式に捕まるきっかけとなった場所があります。それは2つの地下鉄の駅でした。

ラ・ポンプ(Rue de la pompe)駅とラ・ミュエット(La Muette)駅です。

ラ・ポンプ駅の入口ラ・ポンプ駅の入口

ラ・ミュエット駅の入口ラ・ミュエット駅の入口

ゲシュタポに寝返ったレジスタンスが、ラ・ミュエット駅で、レジスタンスの軍事組織「フランス秘密軍」の総司令官であるシャルル・ドゥレストラン将軍と、リヨンのレジスタンスの活動家が密会する情報を密告します。

1943年6月9日午前9時、ゲシュタポはラ・ミュエット駅で彼らを逮捕するのと同時に、その隣駅であるラ・ポンプ駅で、ドゥレストラン将軍と密会することになっていたレジスタンスの退役陸軍大尉と大学生を逮捕します。

ドゥレストラン将軍はイギリス軍からも信頼が厚く、自由フランスのド・ゴールからも最高指揮官を直接任命された人物でした。ドゥレストラン将軍と密会する予定だったリヨンのレジスタンスの活動家も寝返り、ゲシュタポにレジスタンスの情報を提供します。それによって、フランスレジスタンの最高司令官、ジャン・ムーランの逮捕にまでつながったのです。

ジャン・ムーラン虐殺されたレジスタンスの最高指導者、ジャン・ムーラン。現在のフランスでも崇拝されている

ベルガーの本拠地からそのままポンプ通りを進んで、5つ目の十字路がラ・ポンプ駅になります。また、ドゥレストラン将軍らが捕まったラ・ミュエット駅は、そのままポンプ通りを進めば着きますが、一駅なので地下鉄を使うことをオススメします。2つの駅とも地下鉄9号線の沿線になります。

ラ・ポンプ駅構内ラ・ポンプ駅構内

ラ・ミュエット駅構内ラ・ミュエット駅構内

100年以上の歴史があるパリの地下鉄。両駅とも駅構内は、東京の地下鉄よりも浅く、地上の入り口から階段を降りるとすぐにホームがあります。両駅ともパリの中心部とはいえ、他の路線との乗り換え駅(ラ・ミュエット駅はRER(近郊鉄道列車)の駅とつながっている)でもなく、閑静な住宅街の中にあり、利用客もそれほど多くありません。

そのような状況を利用して、レジスタンスの活動家は密会に利用したのかもしれません。

しかし、ゲシュタポの拷問施設から徒歩で行ける距離の場所が密会の場所に選ばれたというのは、それだけ当時のパリでは、ゲシュタポ、レジスタンスが至る所ですれ違い、暗躍していたということを示しています。

逮捕されたドゥレストラン将軍は沈黙を守り続け、ドイツに送られて銃殺刑になります。ジャン・ムーランは拷問の末、ドイツに送られる途中でその後遺症によって亡くなっています。2人とも想像を絶する拷問の中、最後まで威厳を保ったのでした。

ジャン・ムーランジャン・ムーラン

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【連載ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡

著者:ヒロマル

戦争遺跡ライター
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1979年神奈川県生まれ、神奈川県逗葉高校、代々木ゼミナールで1浪、立教大学経済学部卒業。

大学在学中からヨーロッパ、アジアなどを海外放浪してハマってしまい、そのまま新卒で就職せずフリーターをしながら続ける。その後、会社員生活をしながらも休み、転職の合間を利用して海外放浪を続ける。50ヶ国以上訪問。会社の休暇を利用して年に数回、渡欧して取材。

2012年からライター業を会社員との二足のわらじで開始。
2014年からwebメディア(株)フォークラスのTOPICS FAROで2つのシリーズを連載中。

▼「ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡」シリーズ
https://topicsfaro.com/series/warruins
ヨーロッパ各地を取材し、第二次世界大戦に関する場所を紹介。
軍事用語などは極力省き、中学レベルの社会の知識があれば楽しめる記事にしています。
同シリーズが2017年に書籍化。
「ヒトラー 野望の地図帳」(電波社)から全国書店の世界史コーナーで発売中。

▼「受験に勝つ!世界史の勉強法」シリーズ
https://topicsfaro.com/series/wh
2018年から主に世界史を中心とした文系の勉強方法について執筆。
大学受験だけでなく、大学生や社会人の大人の教養としての世界史の勉強方法にも触れて、
高校生、大学生、社会人とあらゆる世代を対象としています。

世間の文系離れを阻止して、文系の学問の復権に貢献することが、2つの連載の目的です。

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