ヨーロッパ各国、世界大戦の残し方にはそれぞれ特徴がある|トピックスファロー

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2016年11月26日
ヨーロッパ各国、世界大戦の残し方にはそれぞれ特徴がある

ヨーロッパの世界大戦の戦争遺跡と言っても、各国、決して一律ではありません。世界大戦中のヨーロッパ各国は戦勝国、敗戦国、中立国の3つに大きく分類されます。各国はそれぞれ異なった残し方をしていますので簡単に紹介いたします。

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第2次世界大戦での各国の立場

第2次世界大戦のヨーロッパ戦線では、イギリス、フランス、ソ連などの連合国と、ドイツ、イタリアなどの枢軸国に別れて戦いました。その結果、アメリカも加わった連合軍側が勝利します。
しかし、それぞれの国を「勝利の連合国」、「敗戦の枢軸国」と単純に2つのカテゴリーで別けることは難しいのです。 主な主要国の立場を下にまとめてみました。

連合軍

イギリス・・・・戦勝国
フランス・・・・ドイツに降伏後、本国のヴィシー政府は枢軸国、イギリスへ亡命した
        ドゴール臨時政府は連合軍、戦勝国
ソ連・・・・当初、ドイツと共同でポーランド分割する枢軸国側だったが、
      独ソ開戦により、連合軍に加入、戦勝国
ベネルクス3国、ポーランド・・・・※下記の説明参照

枢軸国

ドイツ・・・・敗戦国
イタリア・・・・連合軍に降伏後、途中から連合軍側に寝返り、戦勝国

中立国

スイス、ポルトガル、スペイン、スウェーデンなど

※ オランダ、ベルギー、ルクセンブルクは、第2次世界大戦当初、中立を表明しましたが、 開戦当初にドイツ軍の侵攻を受けて、短期間の戦闘で降伏します。各国の王族、一部政府関係者はイギリスへ亡命、フランスのように亡命政府を樹立して、ドイツに徹底抗戦をする姿勢を貫きます。この3国がイギリス亡命中に緊密に連絡を取り合い、そこから今日のベネルクス3国という概念が誕生しました。

開戦と同時にドイツとソ連に攻められ分割されたポーランドも、一部政府がイギリスへ亡命してドイツへの反撃の機会を伺います。
そして、ベネルクス3国、ポーランドも戦争中はドイツの占領下にありましたが、亡命政府の存在が首の皮をつなぎ、最終的には戦勝国となっています。
しかし、ポーランドに関しては、戦後、ソ連の後ろ盾を得た共産主義のルブリン政権が権力を握ったため帰国できませんでした。そのため、ポーランドの亡命政府の構成員は戦後、他国へ移住していきました。

純粋な戦勝国はイギリスのみで、残りのヨーロッパの戦勝国の国々は、敗戦国でもあるのです。

①
①1945年、連合国によるポツダム会談が行われた部屋

ヨーロッパで1人勝ち抜いたイギリス

第2次世界大戦勃発当初から参戦、一度もドイツに屈服することなく戦勝国となったヨーロッパで唯一の国、イギリス。 イギリス国内には王立の軍事博物館がいくつかあります。第2次世界大戦時の展示だけでなく、それ以前の7つの海を支配していた大英帝国の戦いの歴史の展示もあります。戦争によって繁栄を手に入れた大英帝国の歴史の中で、第2次世界大戦はその中の戦争の一つにしかすぎないというのを感じます。
また、第2次世界大戦に関する展示では、相手国のドイツ軍の戦闘機、メッサーシュミットやV1、V2ロケット弾などのレプリカも展示しています。これらのイギリス本土を襲った兵器でさえ展示するイギリスからは戦勝国としての余裕が垣間見えます。

開戦からドイツ降伏まで戦い抜いた、唯一の国としてのプライドを感じるのがイギリスです。

② ②ロンドン塔 

2度の世界大戦で敗北したドイツ

ドイツは、第1次世界大戦の敗北から約20年で再び世界大戦を引き起こしました。ドイツ国内には、ユダヤ人や政治犯などが収容されていた強制収容所跡を始め、ナチスに関する記念館、博物館などが多数あります。

ドイツ国内の戦争遺跡で共通することは、ナチス時代の負の歴史を淡々と伝えていることです。

同じ敗戦国の日本だと、広島、長崎の原爆資料館や東京大空襲の戦災資料センターなどでは、当時の日本人が原爆、空襲によっていかに苦しんだかということを伝えています。
しかし、ドイツの場合、当時のドイツ国民がいかに苦しんでいたということには触れず、当時のドイツが犯した過ちを隠さずに伝えているのです。そして、ドイツ国内のナチス時代に関する博物館、記念館の多くは無料で公開されています。

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③敗戦直後の瓦礫と化したベルリン

戦勝国でもあり敗戦国でもあるヨーロッパの国々

ポーランド、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクなど、第2次世界大戦の緒戦でドイツ軍に敗れ、大戦末期で連合軍によって解放された国々にも多くの戦争遺跡があります。

共通の特徴として、ナチス侵攻の被害者という側面も打ち出しつつ、最終的にはドイツに勝ったという自負を前面に押し出しています。

例えば、占領中にレジスタンスとして、ドイツ軍に抵抗した人々の展示のコーナーが必ずあります。
世界的に有名なポーランドのアウシュビッツ強制収容所には、近年韓国人の見学者が増えています。彼らは戦争中、他国に支配されていた母国の歴史をポーランドに重ね合わせるようです。もしかしたら、韓国人の方々は、イギリスやドイツよりも、ドイツに占領されつつも最終的に戦勝国なった、これらの国々の戦争遺跡に親近感を持っているかもしれません。

第1次世界大戦の方が被害が大きかったフランス、ベルギー

日本人は世界大戦というと、第1次世界大戦で日本は限定的な参戦だったこともあり、あまり馴染みがありません。

しかし、ヨーロッパ各地を歩いていると、「1939-1945」だけでなく、「1914-1918」というメモリアルにも目がつきます。

第1次世界大戦も戦死者数百万と言われる、当時、「戦争を終わらせる戦争」と言われていました。 特にフランス、ベルギーの両国は戦勝国にも関らず、甚大な被害を受けて、第1次世界大戦の戦争遺跡もたくさん残っています。反対に敗戦国であるドイツは、ドイツ国内は戦場にならなかったので、第1次世界大戦の戦争遺跡というのはあまりありません。 第1次世界大戦後のヴェルサイユ条約によって、ドイツに過酷な賠償金を課したフランス、ベルギーの心情もわからなくもないです。

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④フランス、ダンケルクにあるモニュメント

東部戦線で単独で戦っていたソ連

ロシア、旧ソ連諸国、旧東ドイツの博物館などでは、東部戦線で勝利したソ連軍を称えている展示になっています。

例えば、旧東ドイツのゼーロウ高地博物館の庭には、ソ連軍の兵士の墓はありますが、ドイツ国内にもかかわらず、ドイツ軍の兵士の墓はありません。
これらの地域は、基本的に展示もロシア語中心の表記で、英語、ドイツ語すらないこともあります。そこにソ連が東部戦線で単独でドイツと戦っていたことへのプライドを感じ取ることができます。また戦後、これらの地域がいかにソ連の影響力が強かったかを物語っているのです。

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⑤独ソ戦開戦日の激戦地、ブレスト要塞跡
【連載】ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡(第1回~第100回)
【連載】ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡(第101回~)

著者:ヒロマル

戦争遺跡ライター
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1979年神奈川県生まれ、神奈川県逗葉高校、代々木ゼミナールで1浪、立教大学経済学部卒業。

大学在学中からヨーロッパ、アジアなどを海外放浪してハマってしまい、そのまま新卒で就職せずフリーターをしながら続ける。その後、会社員生活をしながらも休み、転職の合間を利用して海外放浪を続ける。50ヶ国以上訪問。会社の休暇を利用して年に数回、渡欧して取材。

2012年からライター業を会社員との二足のわらじで開始。
2014年からwebメディア(株)フォークラスのTOPICS FAROで2つのシリーズを連載中。

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https://www.youtube.com/channel/UCN_pzlyTlo4wF7x-NuoHYRA

▼「ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡」シリーズ
https://topicsfaro.com/series/warruins
ヨーロッパ各地を取材し、第二次世界大戦に関する場所を紹介。
軍事用語などは極力省き、中学レベルの社会の知識があれば楽しめる記事にしています。
同シリーズが2017年に書籍化。
「ヒトラー 野望の地図帳」(電波社)から全国書店の世界史コーナーで発売中。

▼「受験に勝つ!世界史の勉強法」シリーズ
https://topicsfaro.com/series/wh
2018年から主に世界史を中心とした文系の勉強方法について執筆。
大学受験だけでなく、大学生や社会人の大人の教養としての世界史の勉強方法にも触れて、
高校生、大学生、社会人とあらゆる世代を対象としています。

世間の文系離れを阻止して、文系の学問の復権に貢献することが、2つの連載の目的です。

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