なぜ癒される?荻上直子監督の映画にみる【日常の中にある非日常の世界】|トピックスファロー

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2015年8月12日
なぜ癒される?荻上直子監督の映画にみる【日常の中にある非日常の世界】

疲れたときに、映画でも。といっても、脈が高くなる大作よりも、肩がこらない作品が観たいときがありますよね。そんな方におすすめなのは、荻上直子監督の描く世界。小林聡美さんや、もたいまさこさんが常連で出演していて、平凡な日常ドラマが、ゆったりと楽しめるのです。

WEBライター コラムニスト
  

ドラマチックではないドラマに癒される

「映画」といえば、日頃の生活とはかけはなれた「ドラマチック」な世界。そう思いますよね。美男美女の大恋愛や、宇宙への旅、裏切りと葛藤に翻弄される英雄の生涯など、とにかく、自分とは別次元の人びとが繰り広げる劇的なイメージです。

しかし、一応は起承転結が設定されているものの、ストーリーそのものよりは「世界観」に酔いしれる映画もあるのです。特別な何かが秘められているわけではないけれども、忘れかけていた「当たり前の生活のよさ」が感じられる作品は、新鮮な感動が味わえますよ。

「美しい風景」「すがすがしい空気」「おいしい食事」「さみしくもなく、邪魔にもならない、ほどよい人間関係」こんな「だから、どうした」という日常風景が生き生きと描かれているのが、荻上直子監督が作り出す作品なのです。

クロワッサン

心地いいのは、いつも同じ役者が登場するから?

荻上ワールドの魅力を一言で表現すると、のんびりとリラックスできることです。どの作品も、画面全体からほのぼのとした楽しい雰囲気が伝わってきます。ただ、タイトルが違っても、登場する役者の顔ぶれはあまり変わりません。

小林聡美さん、もたいまさこさん、片桐はいりさんなどの、演技力に定評がある女優さんを起用しています。もちろん毎回の役名や個性は若干異なりますが、基本的にはいつも同じメンバーが登場しています。そう聞くと「飽きないのか」と突っ込みたくなりますよね。しかし、むしろ慣れてくると、逆に安心感があって心地よい雰囲気に溶け込めるのです。

おなじみのメンバーがそろうだけで、ずっと離れて暮らしていた家族と再会したような、ほっとした気持ちを味わえました。超人気のアイドルや、モデル出身のタレントではなく、舞台経験がゆたかな実力派が集まることで、退屈一辺倒に傾きがちな物語を、立体的で、奥行きのある世界を表現することに成功しているのではないでしょうか。

リラックスできるからよい意味で、眠たくなる?

荻上作品を鑑賞すると、毎回眠たくなるという声を聞きます。実は、筆者も『バーバー吉野』と『めがね』は寝てしまいました。そのたびに再度映画館に行き、見逃した場面をチェックしたものです。

しかし、駄作だから睡魔との闘いになるのではありません。あまりにも心地よく、まるで「α波」が出ているかのようにリラックスできるので、ついウトウトとしてしまうのですね。

ある演劇評論家で、「能楽観賞」の醍醐味は「あの神々しい空間で一体感を味わうためには、うたた寝をするのが一番だ」と大真面目に答えていた方がいましたが、映画でも同じなのかもしれません。やわらかくあたたかな眠気につつまれて、目が醒めた時に「よく覚えていないけれども、楽しい余韻が残っている」という状態は、幸せなものです。

ストーリーより「世界観」に癒される?

せつないラブストーリーもなければ、平凡な少女が大女優になるようなシンデレラストーリーもありません。淡々と毎日の生活が表現されているだけです。にもかかわらず、何度も同じ作品を観賞しても、新鮮な気持ちになります。

子供の頃はおとぎ話に登場するプリンセスにあこがれて、白馬の王子様が迎えに来てくれることを夢に見ました。大人になれば、絵に描いたりんごはただの果物の絵でしかない事実がわかってしまいます。

かじることはできないし、舐めても紙の味しかしない現実がわかってきますから。だから、どんなに巧妙に作られたミステリーやホラーを見ても、「しょせん、他人事」と冷静にかまえています。

ですが、「ストーリー」重視ではなく、「世界観」に重きを置いた作品は、解釈や分析よりも五感で味わう要素が強いので、ダイレクトに心に響くのかもしれません。

現代では、ロケットに乗り込んで火星に旅行に行くよりも、「おだやかな日常」や「食べ物をおいしくいただくこと」「季節の花が咲く街角の光景」は、最高のファンタジーに感じられるのですが・・・。 海と太陽

リフレッシュできそうなおすすめの作品

荻上直子監督は、2001年に『星ノくん・夢ノくん』を発表して以来、現在までに7本の映画作品があります。どの作品にも共通してしるのは、「いいなあ、こんなのんびりとした生活をしてみたいなあ」ということです。

毎日の慌しさを忘れておいしいものを頂き、澄んだ空気を吸いこみ季節を感じる生活は、一種の現代の「ファンタジー」なのかもしれません。中でも「リフレッシュ」の要素が強く、完成度が高いと思える筆者おすすめの4作品を紹介します。

『かもめ食堂』(2006年3月公開)

群ようこの小説を映像化している作品です。小林聡美が演じる「サチエ」は、フィンランドのヘルシンキに「かもめ食堂」をオープンさせました。「おにぎり」や「和食」を得意とするこの食堂は、なかなか現地の人から受け入れられません。

しかし、日本に興味を持っている青年や、邦人の観光客と知り合い、少しずつ心の交流が生まれて、ほのぼのとしたストーリーが展開していきます。

ヘルシンキの明るく、こざっぱりとした空の色や街の様子と、「かもめ食堂」の定番メニューである「おにぎり」や焼きたての「シナモンロール」の香りが伝わってきそうな演出が素敵でした。おおらかなフィンランドの空気感と、日本人の感受性の繊細さがほどよくミックスされている、荻上作品の代表作といえるでしょう。

『めがね』(2007年9月公開)

南の島の宿「ハマダ」に1人の女性がやってきます。そこは、のんびりしていますが、少し浮世離れした世界にも見えます。浜辺では「メルシー体操」という動きを繰り返している男女がいて、さらにこの宿に泊まっている人は全員「めがね」をかけていました。宿泊客同士は、互いを干渉することもなく、詮索することもなく、ふしぎな絆が芽生えていくのですが・・・。

通常は物を見るために「めがね」をかけますが、「ハマダ」では「めがね」をかけることにより、「非日常の世界に浸り、リラックスして、のびのびと過ごす」というコンセプトなのでしょうか。ユニークな発想ですよね。

そういえば、いつもは裸眼の人が「めがね」をかけると「ああ、今日はめがねだね」とわかりますが、「めがねっ子」がある日突然コンタクトレンズに切り替えると、誰だかわからなくなるそうです。だから、変装するならば、「めがね」をかけるのではなくはずさないといけないのだとか。そう考えると、奥が深い作品だと思いました。 めがね

『トイレット』(2010年8月公開)

カナダ人の個性的な家族がいます。ロボットオタクの「レイ」、引きこもりの兄「モーリー」。そしてお転婆娘の「リサ」。彼らは、亡くなったママが日本から呼びよせた「ばーちゃん」と奇妙な同居生活を送ることになりました。

しかし、この兄弟からしてみると彼女の行動は謎だらけです。第一に、毎朝トイレから出てくるたびに深いため息をついているのが不思議でたまりません。ですが、3人は英語が話せない東洋人の「ばーちゃん」と関わり合いを持つことにより、本来の家族らしい感情を取り戻すのでした。

一言もしゃべらないのに、「ばーちゃん」の存在感が抜群なのです。荻上作品の常連もたいまさこさんが演じているのですが、歩き方やふとした佇まいが美しく、凛としていてあこがれます。西洋かぶれでもなく東洋的な要素一辺倒でもない、少しコミカルでナチュラルな雰囲気に癒されますよ。

日本と他の国では、文化の相違点はたくさんあります。「水」や「言葉」「食事」など、変わると体が馴染めないものはたくさんありますよね。その中で「トイレ」に注目したところが現実的で共感できました。

生きていく上で欠かせない「トイレ」ですが、なかなか普通ではドラマにはなりにくいパーツですから、あえて「劇的」な要素を排除しているように見せかけて意表をつく、新しいタイプの映画です。

『レンタネコ』(2012年4月公開)

一軒家でたくさんのネコと暮らすサヨコは、リアカーにネコをのせてさみしい人々にネコを貸し出しています。とは言うものの、ただのレンタルではなく、同時に貸しても本当に大丈夫かどうかの審査もしています。借りられて行った先の家で、本当にネコが幸せに暮らしていけるかどうかを確かめるために。

ネコを通じて出会う人間模様と、昔ながらの日本家屋で送るのんびりとした日常、また、主演の市川実日子さんのレトロでおしゃれなファッションなど、細かいところまでスタッフの独特のこだわりが感じられる映画です。

のほほんと寝転がるネコの表情や、靴の匂いを嗅ぐネコのあどけない姿に、動物好きさんはグッとくるはずです。群れをなして行動する犬とは異なり、ネコは自由気ままな象徴ですよね。本当にやりたいことしかせず、1日のほとんどを寝て過ごす彼らの態度に苦笑いをしながらも、気がつけば癒されているのですから。

そして、ここでまた「レンタル」が成立するのかなと思えば、予定調和の展開にならず、つねに良い意味で観客を裏切るストーリー展開も巧みで、楽しい時間を過ごせます。

血統書つきの高価なネコではなく、日本中どこにでもいるミックスキャットの魅力を再確認しました。高級志向よりも身近にあるもののよさを再発見する、ある意味では、この映画のテーマにもなっています。 ねこ

「日常」の中の「非日常」とは

「非日常」とは、特別なものではありません。いつも行くカフェでおしゃべりをしたり、毎日何度でも通る道に、これまで見たことがないネコが丸くなっているだけでも、充分にドラマになるのです。

吹き抜ける風の心地よい刺激に季節の移り変わりを感じたり、ふっくらと焼きあがったパンの香りに疲れがやわらいだり。そんな、どこにでもあることに心が動くようになると毎日が楽しくなるのではないでしょうか。ゆたかな感性と、おおらかな着眼点があれば、いくらでも「日常」の中に「非日常」は、あるのかもしれません。

誰にでもある平凡こそが、最高の贅沢

テレビやインターネットで注目されるのは、「特別」なことがらばかりです。だから、「普通」や「平凡」という言葉はあまり芳しくないと思い込みがちですが、本当にそうなのでしょうか?

スポットライトを浴びて注目される「非凡さ」よりも、汗ばむ頬に自然の風が当たった時に感じる心地よい「平凡さ」が贅沢に感じられる瞬間があるものです。どこにでもある、誰にでもある「平凡」こそが、最高の贅沢だと気がつくのは、大人になった証拠なのかもしれませんね。

『かもめ食堂』のサチエのように、ヘルシンキで日本食を提供するレストランを開業するのは、現実的には資金面や語学力も、度胸や体力、根気をも求められ、大変なことにちがいありません。

けれど、わたし達がサチエに対して抱くあこがれは、金銭面などのなまぐささではなく、飄々と1日1日を大切に生きていく何気なさや、お客さんが来なくても温かい珈琲を丁寧に入れる、おだやかでざっくばらんな人柄なのです。

癒される理由は、「当たり前」と「あこがれ」のバランスのよさ

大人になれば、シェイクスピアの戯曲さながらの大恋愛や波乱万丈な人生よりも、平凡ですがおだやかで楽しい毎日を送ることに、ありがたさを感じる時がありますよね。そして、ドラマチックな一生よりも、何も事件がなく無事に1日が終わるありがたさが身にしみる時が増えてきます。

普段は口に出さないし考えないけれども、いつも脳裏では意識している「当たり前」に対しての感謝の気持ちとあこがれの両方を体現しているのが、荻上ワールドなのではないでしょうか。ぜひ、休日の1コマに、自然と肩の力が抜ける映画をご覧ください。

著者:有朋さやか

WEBライター コラムニスト
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十代の頃から、現在まで短歌実作を続けています。二〇一三年度は、角川短歌賞(新人賞)の最終選考に残りました。
 近い将来、名刺代わりになるような歌集を、商業出版で出すのが目標。

 やがて、「エッセイ」や、「ノンフィクション」も書けるスケールの大きな「職業歌人」になりたいと考えています。
 そのために、今は、たくさんの実績を積みたいので登録しました。

 これまで通り「書評」、「映画評」はもちろんのことですが、「美容」「宝石」「紅茶」などの記事製作に挑戦したいです。
 これまで、WEBライターとして、「ニキビケアコンテンツ」
 大型女性向けメディアサイトの記事執筆、
 サイト「猫大学」に、本名の有友紗哉香で署名記事を投稿しています。

 また、最近では、「中国文学」や「京劇」に興味を持っていて、いろいろ調べているところです。興味を持ったものには、どこまでものめりこむ性質なので、そんな執念深さを生かして濃い文章を作っていきます。