うつ病でも悲観的になることはない!療養に効果的な思考術と過ごし方|トピックスファロー

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2015年10月15日
うつ病でも悲観的になることはない!療養に効果的な思考術と過ごし方

社会的には障がい者という立場にあるうつ病。患者はどうしても悲観的になり、余計に病状を悪化させてしまう。負のループである。しかし、そこまで悲観的になることはないと感じる。筆者の経験から、薬物療法の意義や、療養中の思考パターン等を紹介する。

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うつ病の発症要因とは

うつ病は誰しもがかかり得る病気だ。目に見える傷や、ウイルス、細菌の存在があるわけではないが、生活に支障をきたす立派な病気である。この病気の発症原因は、過剰なストレスによるものだと思われる。

人間の体は、自己を保護するため限界を超える前に、痛みなどによって警笛を鳴らす。そして、その人のキャパシティを超えるストレスがかかれば、それを異常とみなして警笛を鳴らす。それがうつ病なのだと、筆者は感じる。

世間的には、まだまだ理解が浅く、一部では「甘え」という言葉で片付けられてしまうほどだ。そんな社会であるから、うつ病患者の肩身は狭く、後ろめたさを感じながら生きなければならない。

しかし、そこまで悲観的になる必要はないと考えている。しっかり病気と向き合い、自分を見つめる良い機会になる。そこで、新たな自分を発見し、人生をより良く過ごすことができるチャンスを獲得することができるのではないかと考える。

そのためには、まず、うつ病という病気がどのようなものであるかをしっかり理解する必要がある。症状は様々だが、発症の要因はある程度まとめることができる。 うつ1_17713492_M

うつ病の内的要因

うつ病は本人次第でどうにでもなる病気である。と、口で言うのは簡単である。気持ちの切り替えが上手く出来る人ならば、そもそもうつ病にかかったりはしないのだ。

小さなストレスの蓄積

まずは、ストレスによるものだ。生活の中に潜むストレスは、小さなものから大きなものまで様々だ。家庭環境。上司や友人からの心無い一言。不眠や体調不良によるもの。うつ病は、本人が気づかないほど、小さなレベルのストレスが蓄積し、何かをきっかけに崩壊してしまうことで、表に出てくる。

過剰なプレッシャー

ストレスと被る部分もあるが、別物として捕らえてよい。ストレスと違って個人によって原因となるか、ならないかが分かれる。

完璧主義者、幼少期からの英才教育等、周囲からの期待を受けた人が該当する。 外からの期待や圧力によって、常に完璧、完璧を求めるがあまり、自分に余計なプレッシャーをかけてしまう人が、過剰な精神負荷によって、うつ病を発症してしまう。

うつ病の外的要因

うつ病の発症要因に、外的要因が直接関係することは少ないと感じる。要は、前述したように、本人の受け止め方次第なのだ。細かいこと、一般的には気に留めないことでも気にしてしまうことで、余計なストレスを溜め込んでしまう。

避けて通れないもの

外的要因で避けられないものは人間関係である。生きていく以上、対人関係は必須である。会話のあるなしに関わらず、他人を認知するだけでストレスは発生している。

このことは、小学校、早ければ幼稚園から始まることであり、合うか合わないかを見定めて、上手く相手との距離感を取って生活していく。いわば、義務教育の時点から、訓練をしているのだ。本来は、回避法、解消法など自分の中で形作っていく。

ではなぜ、人間関係で精神を壊してしまうのか。人好きで、なおかつストレスになる関係を上手く回避してきた人ほど、ここに行き着いてしまうのではないかと、筆者は考える。一方で、一人に慣れた人、他人と一線を引くことに長けている人は、人間関係のストレスを感じにくいのかもしれない。

会社や学校など、団体に属してしまうと、そこから抜け出すのは困難な時代である。引きこもりや退職など、社会的な劣等感を抱きながら生きていく人が存在するのも事実だ。

病気との向き合い方

前章では、うつ病の原因について考察した。それらを踏まえた上で、本章では対処法について紹介する。

薬に頼るべき?通院の意義は?

身体に異常を感じれば、医者にかかるのが一般的だ。診察を受けて薬を飲んで治すというのがセオリーである。うつ病も同様だ。しかし、安易に心療内科に行くことはおすすめしない。その理由は、抗うつ薬や抗精神薬の副作用で、精神が不安定になるリスクがあるからだ。

何より、自分がうつ病であることを認知してしまうことで、悪化してしまうリスクが大きい。「病は気から」ということわざがあるように、うつ病でもそれはあると感じる。

では、病院をどう活用するか。まず、熟睡することを考えて欲しい。睡眠はストレスを解消し、頭の中を整理する効果がある。つまり、質の良い睡眠を取ることで、心の余裕が生まれる。まずは内科等で眠れないことを相談してみるべきだ。

しかし、うつ病は、悪化するほど療養で苦労する。前述のような考えはあるが、心の不調を感じたら、早めに心療内科を受診した方が良い、ということも心にとめておこう。

療養中の過ごし方

心療内科に通院を始めた。さて、どう過ごすべきか。最善は、原因と思われる場所から距離を取ること。風邪をひけば安静にすべきだし、骨が折れたなら固定して使わないようにすべきだ。うつ病でも同じことだ。

しかし、それが学校や会社となればなかなか難しい。現在の日本では、周りと同じように学校に通っていなければ、進学、就職等に影響する。退職してしまうと、再就職で大きなハンデを背負うことになる。

一人でいいから理解者を見つける

離れることが出来ない場合、どうすべきか。まずは、1人でいいので、話せる相手を作ることだ。筆者の経験から言えることだが、1人いるだけで、状況はまったく変わってくると感じる。味方のいない場所に毎日通うというのは苦痛であり、偽者の自分を作り続けることには多くのエネルギーを消費する。事情を知る人間がいるだけで、力を抜ける部分が出来る。

ここで注意すべきは、相手を間違えると悲惨ということだ。根性論を語る人、「甘え」だと認知する人等、うつ病に理解のない相手では意味がない。「頑張れ」と一蹴されれば、団体内での評価も下がり、余計に状況が悪くなるだけなのだ。病人として気にかけてくれる人を選ばなければならない。

ちなみに、原因のある団体以外にそういう存在を置いても、あまり効果が期待できないと筆者は感じる。この点は個人差がある。誰かに話すだけでストレス解消できる性格であるなら期待が持てる。

早期完治の鍵は「考え方」

さて、筆者の経験に基づいて、うつ病の原因、過ごし方を紹介してきた。最後にまとめとして、療養中の物事の捉え方について考察する。

まず、どんな物事にも表と裏があることを理解する必要がある。例えば、食べたいものをたくさん食べれば良い気分になるが、腹痛等の病気のリスクがあるといった感じだ。まずは横にでもなって、じっくり自分の人生と向き合って、表と裏を考えてみよう。 うつ2_17330079_M

社会に馴染むことが良い人生なのか

うつ病で休職、退職した。学校に行けない。それを悲観して、余計に精神をボロボロにしてしまう。しかし、働いていないこと、学校に行けないことを悲観する必要はないと私は感じる。社会がそうさせているだけであって、自分の人生をどのように生きようと、本人の自由なのだ。

むしろ、現代の社会に馴染むことの裏を考えれば、自分の人生の大半を、自分以外の何かに捧げるというようにも捉えられる。したいことをするために、必死に勉強して、必死にお金を稼いでも、今の社会では時間が掛かりすぎる。ブラック企業等をはじめとして、基本的人権さえ危うい時代だ。気づいたら、したくてもできない年齢、身体になる可能性が十分あると感じる。 うつ3_2916928_M

うつ病によって俯瞰的に世界をみることができた

筆者は、現在、駆け出しのフリーライターとして活動している。うつ病の療養も続けている。しかし、今まで紹介した考え方をすることで、発症直後よりも世界が広く見える。一時は、無理やり作り上げた夢を追い求めて就職したが、今思えば、本当に無理やり自分を騙していたと思う。

うつ病を発症した当初は、自分の無価値さを嘆き、何度も死のうと考えたが、自分の人生をどう使おうと勝手なのだと考えることができるようになると、生きようという気持ちが湧き、やりたいことが出来たのだ。

最後に、経験者からのアドバイスを1つ。うつ病は、社会が自分に合っていないから発症する病気である。そこで悲観的になるのではなく、さらに一歩下がって、世界を見てみよう。そして、世間的常識=普通ではないのだと考えてみよう。

すると、不思議と気が楽になる。また、俯瞰的に世界を見ることで、自分が本当にやりたいことを見つけることができる。それは仕事に限ったことではない。

物書きとして世間に意見を発信したい。世界を見て回りたい。大事な人のために何かしたい。何でも良いのだ。それが療養の一歩となり、活力となるのだ。

著者:ふらったー

WEBライター
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身近な人間関係から政治、経済、教育、国際問題まで、幅広く知識があり、探究心も人一倍あると自負しています。わかりやすい解説のもと、世の中に、自分の考えを発信していくプロになることが夢です。フリーライターとしては、まだまだ駆け出しですが、以前契約をしていた方(個人)からの評判はとても良く、また、日常的にSNSのニュース・コラム、まとめサイト等を利用し、気になった記事に対しての考察を発信しているので、文章を書くことには慣れており、好きなことでもあります。