満州国建国から国際連盟脱退へ
日本は、国際連盟から派遣されたリットン調査団の調査結果も待たずに、満州国を建国。満州各地に関東軍が侵攻していました。
その情勢の中、1932年11月にリットン調査団の報告書が日本政府に通達されます。
満州に自治政府を樹立して、
日本、中国、ロシアの緩和地帯としてとするべきである。」
決して満州から日本の完全撤退を求める厳しいものではなく、満州での日本の権益も認めたものでした。要は日本の権益も認めるから、周辺国の中国、ロシアとも仲良くやりなさいという意味です。
中国側は了解しますが、日本側は拒否します。
なぜ中国は妥協して、日本は妥協しなかったか?
中国の事情
蒋介石の国民政府の元に張学良が合流して、中国が統一されたかに思えましたが、国民政府は、中国共産党との新たな内戦状態にありました。蒋介石は東北の一地方である満州での日本軍との紛争よりも、中国共産党を壊滅させることを優先させたのです。日本軍の軍事行動に対して、本格的な抵抗はしませんでした。
日本の事情
柳条湖事件の時の若槻礼次郎(わかつき れいじろう)内閣は、不拡大方針をとって、満州事変を収束させようとしますが、関東軍が独断で満州各地へ進出していきます。次の犬養毅(いぬかい つよし)内閣では、日本政府が満州国を認めなかったこともあり犬養首相が日本海軍将校によって暗殺されました(五・一五事件)。
政府の一部の国際協調派の勢力が反対しても、日本の軍、民間人、マスコミの世論は、日露戦争で多くの血を流して手に入れた満州への執着が強かったのです。
国際連盟はリットン調査団の調査結果を受けて、スイスのジュネーブで開かれた「連盟総会」で加盟国と討議を行います。
日本の代表で南満州鉄道の総裁も務めた松岡洋右(まつおか ようすけ)は、孤軍奮闘で熱弁を奮い、日本の正当性を主張します。しかし、日本に賛同してくれる国はありませんでした。その結果、国際連盟から日本は脱退します(1933年2月24日)。
国際連盟からの脱退で、日本が国際社会から孤立することを避けたかった松岡でしたが、その願いは叶いませんでした。
日本語で「サヨナラ」と言い、毅然とした態度で松岡が去っていく映像は有名です。
松岡洋右、国際連盟脱退の現場に関しては、2019年~2020年の年始年末にかけてジュネーブに取材に行き、ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡シリーズで執筆する予定です。
1933年5月31日、北京に近い塘沽(タンクー)で日本と中国の間で停戦協定(塘沽協定)が結ばれます。これで満州事変は終息に向かいました。
再び中国との本格的な軍事衝突により日中戦争へ
塘沽で停戦協定が結ばれてから、日本と中国の間で約4年間、大きな紛争はありませんでした。
その間に日本は、停戦協定で非武装化した満州国の南に位置する河北省に、冀東防共自治政府(きとうぼうきょうじちせいふ)という日本の傀儡政府も誕生させます。
一方中国は、共産党の毛沢東が抗日民族統一戦線を結成する呼びかけによって、国民政府と共産党が和解します。
1937年7月7日、北京郊外の盧溝橋(ろこうきょう)で日中両国の軍隊の衝突をきっかけに、全面戦争に突入します。9月には第二次国共合作(中国共産党と中国国民政府の正式な和解)によって、中国は満州事変の時のように日本に妥協せず、徹底抗戦で立ち向かいます。
盧溝橋事件以後に中国での戦いは日中戦争と呼ばれ、1945年の終戦まで続きます。
日本軍は、三光作戦(焼き尽くす、奪いつくす、殺しつくす)によって、南京での大虐殺、重慶への無差別爆撃などを行います。都市や交通要所を占領できても農村部までは支配できず、点と線の支配と揶揄されます。
中国側も首都を南京、重慶と長江の上流に移転させながら、徹底抗戦で日本軍に立ち向かいます。また、中国に権益を持つアメリカ、イギリスも中国を援助して、日本には経済制裁を行います。それが太平洋戦争の遠因ともなりました。
細菌研究で人体実験を行った731部隊
そんな日本と中国の戦争が泥沼化する中、細菌戦に使用する生物兵器の研究、開発期間が日本陸軍にありました。正式名称「関東軍防疫給水部」、俗に「731部隊」と呼ばれていた部隊です。1936年~1945年の間、中国人やロシア人捕虜に対して人体実験が行われていました。3,000人ほどが人体実験の犠牲になったといわれています。
その731部隊の施設が満州のハルビン郊外にありました。現在跡地が、侵華日軍第七三一部隊遺祉という博物館となって無料で一般公開されています。
アクセス
ハルビン駅北口から338番のバスで約30分(2元)
新彊大街で下車(ハルビン駅北口から8つめの停留所)
日本語のオーディオガイドの貸し出しもあり(20元)、日本語を話せるスタッフも駐在しています。
館内の順路は、731部隊の概要や主要人物のことが詳しく展示されているので、731部隊についての概要がわかります。細菌に関しての展示もあり、後半部分は731部隊の人体実験についての展示になります。
人体実験にされた中国人やロシア人は「マルタ」と呼ばれました。
731部隊の幹部の学歴も展示されています。
彼らは現在の京都帝国大学(現在の京都大学)の医学部出身を中心とした、国立大学の医学部出身者で占められていました。当時の日本の理系の最高頭脳を持った人たちでした。
彼らの学歴をみて、1995年のオウム真理教の地下鉄サリン事件を思い出しました。サリンを作っていたオウムの研究者達も理系のエリートの集まりでした。
理系の最高頭脳を持っていても、所属している組織(国家、会社など)のトップ次第では、人類に対して悲惨な結果をもたらす可能性が秘められているということです。その危険性は、AI時代の到来と言われる現代でも変わりません。
世界史や日本史を勉強している高校生、大学生を意識して執筆
「ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡シリーズ」では、現地の戦争遺跡や博物館について、テーマに沿って紹介するのですが、旧満州国の痕跡を歴史背景と一緒に追いかける旅シリーズは、満州国を中心とした、戦前の日中関係の歴史の流れを中心に書きました。
読者ターゲットを下記のように意識しました。
- 大学受験に向けて、世界史や日本史を勉強している受験生、高校生
- 大学受験で歴史を勉強した大学生
この時代の日中関係は、世界史でも日本史でも被る内容ですが、片方しかやっていないと見えにくい部分がある分野です。ですから高校の教科書レベルを意識した、世界史、日本史、どちらの内容も入れてみました。あくまでも歴史の流れを視覚と共に把握しやすいように、現地の写真を使い、固有名詞は極力省いたつもりです。
大学に入ったらぜひ現地を訪れて、机上で学んだことを実際に自分の目でみる経験を通じて、視野を広げて、将来の糧にしてほしいと思います。
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著書「ヒトラー 野望の地図帳」のご紹介
現在「【受験に勝つ】世界史の勉強法シリーズ」とは別に、「ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡シリーズ」も連載しています。
ヨーロッパを中心とした戦跡を巡る旅行記で、実際にその場に行ったからこそ感じる当時の名残と現在の日常風景を、独自の視点で描いています。本シリーズは、おかげさまで書籍化され、各書店の歴史の棚の世界史やドイツ史のコーナーに置かれています。
読者の方々からは、時代背景が簡潔でわかりやすい、学者とは違うテイストが新鮮、という感想をいただいております。歴史好きはもちろん、ちょっとマニアックなヨーロッパ旅行をしたい方々の旅のお供になる本なので、web連載とあわせて、ご興味をもっていただけたら嬉しく思います。
著者名:サカイ ヒロマル
出版社:電波社
価格 :1,400円(税抜)