【第10回】第2次世界大戦中も自由と寛容の精神が生きていたオランダ|トピックスファロー

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2015年3月11日
【第10回】第2次世界大戦中も自由と寛容の精神が生きていたオランダ

オランダは、ヨーロッパの中央部に位置しており、狭い国土ながら、昔から金融、貿易、物流の拠点としてヨーロッパと世界を結ぶ窓口になっています。そのオランダは、歴史の中で、自由と寛容の精神を培いました。20世紀の2度に渡る世界大戦では中立の立場を表明しますが、第2次世界大戦では、ナチスドイツに急襲され、5日間で降伏してしまいます。第2次世界大戦が終わる直前までドイツの支配下にありました。オランダ国中には、その時代を忘れない為のモニュメントがあります。

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首都、アムステルダム

戦場にならなかったアムステルダム

オランダの首都、アムステルダムは有名な飾り窓の建物が立ち並び、運河で張り巡らされています。ロンドンやパリといった他のヨーロッパの大都市と比べるとこじんまりしている街なので、徒歩でも主な観光名所を巡ることができます。

第2次世界大戦当時のオランダの首都はデン・ハーグでしたが、アムステルダムはオランダで一番大きい大都市でした。1940年、ドイツ軍の侵攻を受けて数日で降伏してしまいますが、ドイツ軍にアムステルダムを爆撃される寸前、オランダ政府は降伏したので、戦火の大きな被害を受けることはありませんでした。

街の中心街にあるアンネ・フランクの家

アンネの隠れ家 そのアムステルダムの中心街の近くに、ナチスのユダヤ人迫害によってドイツからオランダに逃れてきたアンネ・フランク一家が、隠れて住んでいた「アンネ・フランクの家」を利用した博物館があります。

「アンネの日記」は世界的各国で出版され、その書名を知らない人はいません。そのためたくさんの日本人観客も訪れます。
オランダの空港などで売っているクッキーやチョコなどのオランダのご当地お土産のパッケージにも、アムステルダムの風景、チューリップ、水車と並んでアンネが描かれるほどのアムステルダムを代表する観光名所となっています。

場所はアムステルダムのへそと言われるダム広場から、東に延びるRaadnus Streatを500Mほど行った場所にあります。
ちなみにダム広場の真ん中に建っている白い塔は、1956年に建てられた第2次世界大戦で亡くなった人たちを慰める慰霊碑です。

「アンネフ・ランクの家」は、アンネ・フランク一家が住んでいた裏側の建物に通じる回転式本棚や、アンネが日記を書いていた屋根裏部屋などを見学することができます。
達筆なアンネの直筆の日記も展示してあります。日本語パンフレットもあるので、事前の知識がなくても気軽に見学できると思います。

お土産ショップには、世界各国で出版された「アンネの日記」が販売され、日本語版も売っています。一度も読んだことないという人はぜひこの機会に購入してはいかがでしょうか。
アムステルダム中心部には、他にもアムステルダム歴史博物館、ユダヤ博物館など、戦時中のオランダのことがわかる博物館があるので、時間があれば寄ってみてください。

住所:PRINSENGRACHT 267
最寄駅:トラム 13.14.17 Westermarkt下車

オランダ第2の都市、ロッテルダム

無差別爆撃を受けたロッテルダム

オランダ最大の産業都市でヨーロッパ最大の貿易港でもあるロッテルダムは、アムステルダム中央駅から列車で約1時間ほどで到着します。
昔の町並みが残るアムステルダムと違って、ロッテルダムの町並みは近代建築の建物が目立ちます。
その理由は、第2次世界大戦中、寸前のところでドイツ軍の爆撃を逃れたアムステルダムと違って、ロッテルダムは爆撃され徹底的に破壊されたため、戦後、市と市民が協力し合って街づくりを進め復興したからです。

ドイツのオランダ侵攻から4日後の1940年5月14日、ドイツ軍との停戦が成立していましたが、連絡不備により上空の爆撃機には連絡が伝わっておらず、ロッテルダムに1300発の爆弾が投下され、ロッテルダムは火の海となり900人近い民間人が犠牲になりました。
ロッテルダムは、第2次世界大戦で最初に無差別爆撃の犠牲になった街となりました。

空襲の苦悩を表した「心臓を失った男」

心臓を失った男 市庁舎、証券取引所、ショッピング街もあるロッテルダムの目抜き通りコールシンゲル通りを南に向かうとチャーチル広場に出ます。
その広場を渡って左側にある海洋博物館横の小さな広場には、当時の無差別爆撃の苦悩を表した「心臓を失った男」の像が立っています。

心臓の胸部分がぽっかり空き、がに股で上空に向かって両手を挙げた奇怪な像は、不気味さを感じさせてくれます

ロッテルダムは、ユニークな近代建築が立ち並ぶ近代都市の側面を持つ一方、17世紀の町並みを再現したデルフスハーフェン地区、聖ローレンス教会など、戦後、ドイツ軍の爆撃で破壊され、復元された町並み、建物もあり、昔ながらのヨーロッパの街の雰囲気もあります。

新旧の顔を持つロッテルダム散策は楽しいですが、第2世界大戦で初めて無差別爆撃の被害にあった街という暗い歴史がそれを生み出したのも皮肉です。

心臓を失った男の像
最寄り駅:メトロ BEURS駅(ロッテルダム中央駅から2駅)

その他の都市にもある記念館

オランダの2大都市であるアムステルダムの「アンネ・フランクの家」、ロッテルダムの「心臓を失った男」は其々の街の象徴として、ガイドブックにも紹介されています。
両方とも観光客が訪れる街の中心部にあるので、時間があればぜひ、オランダ旅行のついでに立ち寄ってみてください。

その他、アムステルダムの南東にあるアーネムには、当時のイギリス軍司令部の建物が、空軍博物館になっています。アーネムはイギリス空挺部隊による作戦「マーケット・ガーデン作戦」が繰り広げられ、ドイツ軍との壮絶な戦闘となった街です。

「マーケットガーデン作戦」は、「遠すぎた橋」という映画のの舞台になっています。 第2次世界大戦末期、アムステルダムの西にあるハーレムには、アンネの家のようにユダヤ人をかくまっていた一家の家がコリー・デンボーム博物館となって、無料で公開されています。
異民族をかくまった博物館がいくつもあるのは、自由と寛容さを兼ね備えたオランダらしいです。

【連載ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡

著者:ヒロマル

戦争遺跡ライター
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1979年神奈川県生まれ、神奈川県逗葉高校、代々木ゼミナールで1浪、立教大学経済学部卒業。

大学在学中からヨーロッパ、アジアなどを海外放浪してハマってしまい、そのまま新卒で就職せずフリーターをしながら続ける。その後、会社員生活をしながらも休み、転職の合間を利用して海外放浪を続ける。50ヶ国以上訪問。会社の休暇を利用して年に数回、渡欧して取材。

2012年からライター業を会社員との二足のわらじで開始。
2014年からwebメディア(株)フォークラスのTOPICS FAROで2つのシリーズを連載中。

▼「ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡」シリーズ
https://topicsfaro.com/series/warruins
ヨーロッパ各地を取材し、第二次世界大戦に関する場所を紹介。
軍事用語などは極力省き、中学レベルの社会の知識があれば楽しめる記事にしています。
同シリーズが2017年に書籍化。
「ヒトラー 野望の地図帳」(電波社)から全国書店の世界史コーナーで発売中。

▼「受験に勝つ!世界史の勉強法」シリーズ
https://topicsfaro.com/series/wh
2018年から主に世界史を中心とした文系の勉強方法について執筆。
大学受験だけでなく、大学生や社会人の大人の教養としての世界史の勉強方法にも触れて、
高校生、大学生、社会人とあらゆる世代を対象としています。

世間の文系離れを阻止して、文系の学問の復権に貢献することが、2つの連載の目的です。

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