【第40回】ナチスのオカルト儀式が行われていたお城|トピックスファロー

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2016年6月13日
【第40回】ナチスのオカルト儀式が行われていたお城

ヒトラーを初めナチスの幹部は、占星術、予言、古代文明などにハマっていたオカルト集団と言われています。そんな彼らが不思議な儀式をやっていたお城がドイツの北西にあります。その名はヴェヴェルス城と言います。

戦争遺跡ライター
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ナチスはなぜオカルトに頼ったのか?

ナチスの母体は秘密結社だった!?

第2次世界大戦が終わって70年以上経つ今でも、ヒトラー、ナチスの映画や本が数多く出版されています。歴史上の人物について書かれた出版物では、世界中で一番出版されているのがヒトラーだそうです。

なぜヒトラーやナチスは、現代でも話題に事欠かないのか?

それは人類の未曾有の大惨事だった第2次世界大戦を起こしたのが、ヒトラーであったからだと思います。
ヒトラーがドイツ国内で巧みに政権を握ったいきさつや、戦争ではナポレオン顔負けのスピードでヨーロッパの大部分を制圧した指揮官としての有能さ。そして、「アンネ」、「アウシュビッツ」という言葉に代表されるユダヤ人の大虐殺。その劇的な人生に惹かれる人も多いのでしょう。

また、戦後になって囁かれたヒトラー生存説、霊能力者説など、ヒトラーやナチスの謎に包まれた神秘主義(オカルティズム)もそれに拍車をかけているのです。

その神秘性はナチスの高官が、予言、占星術を信仰し、古代文明を研究していたことにあります。それはナチスの起源が神秘主義的秘密結社にあるからです。

ナチスは秘密結社の政治部門にすぎなかった?

1870年代、アーリア人種の優越性と反ユダヤ主義をとなえていた「新聖堂騎士団」という秘密結社が誕生しました。新聖堂騎士団は、キリスト教を信望する人々が、聖地エルサレムを異教徒から守るために戦った、中世の聖堂騎士団という軍団の流れを組んでいました。

オーストリアのドナウ河を見下ろす場所に聖堂を建てて、奇妙な儀式を行っていたと言われています。第1次世界大戦直前、同じような性格の秘密結社と合併して、「ゲルマン騎士団」という団体になりました。

第1次世界大戦後、ミュンヘンで誕生した「トゥーレ協会」という結社もゲルマン騎士団に合併します。トゥーレ協会も占星術、錬金術、集団催眠などを得意とした団体でした。
トゥーレ協会は、ゲルマン騎士団の政治部門の活動を担います。その宣伝活動として、労働サークル「ドイツ労働者党」をつくりました。このドイツ労働者党こそ、後の国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)になるのです。
ヒトラーが陸軍の伍長として勤務していた時に、ドイツ労働者党の内部調査を軍から命じられます。それがヒトラーとナチスとの出会いでした。
そのため、ナチスは結成段階からオカルト的要素が強い団体だったのです。
そして、トゥーレ協会のシンボルマークが、あの鉤十字(ハーゲンクロイツ)。それをヒトラーもナチスのシンボルマークとして取り入れたのでした。

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・秘密結社略図

新聖堂騎士団と他団体が合併 → ゲルマン騎士団を結成

ゲルマン騎士団とトゥーレ協会が合併 → トゥーレ協会はゲルマン騎士団の政治部門を担当

トゥーレ協会がつくった政治団体がドイツ労働者党 → 後のナチス

上記団体の共通点 アーリア人の優越性をとなえる民族主義、反ユダヤ主義、神秘主義。

親衛隊(SS)長官、ヒムラーが買い取ったヴェヴェルス城

親衛隊(SS)とは?

ヒトラーは、ナチスの中で親衛隊(SS)という組織を結成させます。ヒトラーが政権を獲得するまでは突撃隊(SA)という名称で知られていた部隊を、ヒトラーを護衛し治安維持を目的とした親衛隊(SS)としたのです。ユダヤ人狩りや反体制分子の摘発など、ナチスの悪名高き団体として知られ、現代でもその罪は追及されています。

ヒトラーが政権を取ってから、表向きはオカルト団体の活動を禁止させますが、ナチスの中でその親衛隊の一部が、密かに秘密結社の役割を担っていました。

親衛隊の長官、ハインリヒ・ヒムラーがドイツの北西部にあるヴェヴェルス城を買い取って、そこで神秘的な儀式を行っていました。親衛隊の中で選ばれたエリート隊員がその儀式に参加できたのです。

そのヴェヴェルス城が今も残っています。その一部が親衛隊博物館として公開されています。

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SSのどくろマーク

どうやって行く?ヴェヴェルス城

ヴェヴェルス城は、ドイツ、北西部のノルトライン-ヴェストファーレン州にあります。
拠点となる街は、パーダーボルン(PARDERBORN)という街です。パーダーボルンはガイドブックにも掲載されていませんが、ドイツ新幹線(ICE)も停車するのでアクセスは悪くありません。ルール地方のケルンからはローカル快速列車(RB)で約2時間半、メルヘン街道のカッセルからは、インターシティ特急(IC)で1時間ほどです。ケルンもカッセルも観光客が多く訪れる都市です。

パーダーボルンの駅前からバスに乗り換えます。バス停は駅を出て左側にあり、460番のバスを使い「Wewelsb」で下車します。

注意したいのがバスの本数です。平日は朝から1時間に1本の割合で運行されていますが、土日祝日は極端に本数が減ります。日中は土曜、3本、日曜祝日、2本しかありません。

参考までに土日祝日の出発時間を記載しておきます(2016年5月現在)。

万が一、土日祝日にヴェヴェルス城を訪れる場合は、パーダーボルンに前泊することをオススメします。パーダーボルンは観光地ではないですが、比較的大きな街なので、BOOKING.COMサイトなどでホテルを事前に予約しておくと良いかもしれません。
また、460路線バスは土日祝日の場合でも、乗客が少ないです。「Wewelsb」は終点ではないので、他に降りる人がいないと通過してしまいます。切符を買う時、運転手に行き先を告げて運転手付近に座ると良いと思います。

土曜:10:25, 12:25, 14:25
日曜祝日:11:25、午後にもう1本
平日:1時間に1本の割合

所要時間:約25分
料金:片道 6.6ユーロ

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パーダーボルンの駅前
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パーダーボルンの歩行者天国
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ヴェヴェルス城までのバスからの風景

城内のSSのイデオロギーとテロリズム記念館

「Wewelsb」の停留所を降りて来た道を少し戻ると、反対側にパーダーボルンに戻る停留所があります。その手前にある小道(Meinolfusstraβe)を右に曲がると徒歩10分弱でヴェヴェルス城に着きます。

この時、帰りのバスも本数が少ないので時刻表を見ておくと良いです。ヴェヴェルス城だけ見るなら、約2時間後のバスに乗る目安をつけておけばよいと思います。

ヴェヴェルス村はのどかな田舎町で、街には宿泊施設やレストランなどほとんどありませんが、ヴェヴェルス城内が古城ユースホステルになっていたり、レストランが併設されています。

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ヴェヴェルス村のロータリー
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ヴェヴェルス村の子供のお祭り

ヴェヴェルス城は、9世紀から10世紀にかけて築城された、ドイツの城では珍しい三角形の土台を持つ城です。歴史的建造物として、一般公開され、ヴェヴェルスブルグ地域博物館が併設されています。

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ヴェヴェルス城

そして、お目当であるナチスに関る部分は、城の入口である城壁前の建物になります。ここで記念館として「SSのイデオロギーとテロリズム」という常設点が開催されています。

ベルリンには、ゲシュタポや親衛隊の建物があった場所に「テロのトポグラフィー」というナチス時代の総合展示施設があります(詳しくは、ベルリンの中心部に眠る、ナチス時代の遺産を巡る散策 後編)。「SSのイデオロギーとテロリズム」は世界で唯一の親衛隊に絞った記念館です。

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SSのイデオロギーとテロリズム

入口を入るとインフォメーションになっていて、お土産ショップもあります。デポジット式のロッカーもあるので荷物を置いて見学することができます。お土産ショップは、親衛隊に関する本ばかりでなく、ヴェヴェルス城のポストカードや模型も売っています。他のドイツのナチス系の博物館と違って、お土産ショップは明るい雰囲気があります。地下3階が展示室になります。

突撃隊時代から時代順の展示なっています。説明文は英語表記とドイツ表記がありますが、英語表記はメインの展示だけで、ドイツ語表記が中心です。

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館内

アーリア人と証明するための頭蓋骨測定器

展示物にプラトメートルという頭蓋骨測定装置があります。これはアーリア人か否かを測定するために使用されました。アーリア人とはインド・ヨーロッパ語族のことを指します。元々はイギリス人がインド支配を正当化するために使った擬似科学です。それをヒトラーが応用して、ドイツ民族こそ最も優秀なアーリア人であると唱えました。それは新聖堂騎士団などナチスの思想に影響を与えた秘密結社が、アーリア人の優越性を唱える民族主義だったからです。

ナチスが政権と取ると、公立学校では「優生学」「人種学」の科目が新たに加わりました。

「アーリア人こそ一番優秀人種であり、世界を支配する。」
「アーリア人種は非アーリア人種と結婚して地を混ぜてはいけない。」
「ユダヤ人はドイツや世界平和に対する脅威である。」

このプラトメートルを使って、純潔アーリア人を証明するカルテを作っていました。

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プラメートル
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プラメートルでの測定

金髪、碧眼、長身こそ、アーリア人の理想的な外見でした。ボヘミア総督だったラインハルト・ハイドリヒが理想的なアーリア人と言われました。

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ラインハルト・ハイドリヒ

しかし、アーリア人優越説を唱えることを推進した親衛隊長官ヒムラーは、黒髪、丸顔でアジア人のような外見なのが、とても矛盾しています・・・。

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ハインリヒ・ヒムラー

20世紀のドイツという、近現代の先進国で行われた、宗教的要素も強いアーリア人優越洗脳教育。これもナチスが秘密結社の影響を色濃く受けた神秘性があったからこそ、まかり通ったのかもしれません。

儀式が行われていた北の塔

SSのイデオロギーとテロリズムの地下3Fの展示フロアを外に出て城壁を半周すると、北の塔に行くことができます。ヴェヴェルス城内部からは北の塔に行くことはできません。この北の塔には、「上級分隊長の間」と「地下霊廟」があります。

上級分隊長の間は1階にあり、円形の広間で、アーケードと連結して12本の柱が立っています。中央部分には無数のクッションが置いてあり、見学者の子供達がくつろいでいて、明るい雰囲気があります。しかしこの部屋は使われたことはなかったそうです。

そして、ヒムラー達が秘密の儀式を行っていたというのが、上級分隊長の間の下に位置する地下霊廟です。地下霊廟の中に入ると、全て石造りのため、薄暗くひんやりとした空気が体を押し込んできます。いかにも怪しい儀式が行われていた不気味な感じが漂っています。ここも12個の石の台座があり、中央部には儀式用の火を焚くくぼみがあります。高い天井にはナチスのシンボル、ハーゲンクロイツも浮かび上がっています。 地下霊廟で何が行われていたかは具体的にはわかっていないようです。

1944年、日本テレビで放送されたUFO研究家、矢追純一の「ナチスがUFOを造っていた」では、この地下霊廟で、宇宙人とナチスの幹部達が交信していたということを紹介されていました。また、当時はこの地下に出入口がなかったということです。彼らはテレポートしたのでしょうか?
連合軍が迎撃不可能だったジェット戦闘機、弾道ミサイルなどの秘密兵器を戦争末期に使用したナチスドイツ。圧倒的な科学力に、ナチスはUFOを製造していたとさえ噂されました。ナチスの幹部が宇宙人と交信していたという都市伝説のような話もあったも不思議ではありません。 0.

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北の塔の扉
※北の塔内撮影禁止

歴史を知ることと現場を見る大切さ

秘密結社、オカルト主義、UFO・・・・と、この歴史の現場をレポートするこのシリーズの記事にしては、少しぶっ飛んだ内容だったので少し驚かれたでしょうか?

今回の記事は、私が中学生の時、ヒトラーやナチスにハマっていった原点なのです。
歴史事実以上に、UFOやノストラダムスの予言などに興味があった当時、神秘性を秘めたナチスドイツに惹かれていきました。

ヒトラーは生き延びたのか?、ナチスはUFOを開発してたのか?

史実以上にそういうことに興味がありました。
そんなオカルト的な切り口から入ったのですが、高校入学直後、新興宗教団体によるテロ事件がありました。その教団の幹部はオカルトにのめり込んだいたとも言われています。 彼らをテレビ報道などでみて、まずしっかりと史実を勉強するようにしなきゃいけないと思うようになったのです。

そして、大学に入り、バックパッカーとして、ヨーロッパやアジアを周りました。 旅行先での興味の対象は歴史に関することが中心でした。
旅先では同世代の日本人バックパッカーにもたくさん会いました。
そこで世界を周ってきた彼らの多くが口にしたのは、「アメリカ世界支配論」「ユダヤ陰謀説」・・・など、旅行者で噂されている都市伝説的な国際関係論でした。
若い時代は反骨精神を持っていることが多いので、物事を曲がった見方をしてしまいがちです。それは決して悪いことではないです。

しかし、敗戦と世界恐慌を経験したナチス時代のドイツの若者達も、ナチスの神秘性に洗脳されてしまったことを忘れてはいけません。
やはりしっかりと歴史や国際関係を勉強することが必要なのではないでしょうか? 基礎知識が無くては洗脳されやすくなります。

「ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡シリーズ」は、ヨーロッパでの世界大戦の痕跡を巡っています。このシリーズ記事を通じて、どの時代、どこの地域でも良いので、実際に自分の足で現場をみて、勉強するという旅の楽しさを知ってもらいたいから執筆しています。そして、どんどん世界各地に旅に出てもらいたいです。このシリーズがそのささやかでもそのきっかけになれば幸いです。

【連載ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡

著者:HIRO

戦争遺跡ライター
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ヨーロッパ各地の世界大戦の戦争遺跡を周って取材しています。
だから、戦争遺跡ライターです。
学生時代から、事件、事故現場、戦争跡地を野次馬のように行くダークツーリズムラー。
特にヒトラー、ナチスなど、第2次世界大戦のヨーロッパ戦線に関することが一番好き。
しかし、重いテーマの旅をしているかというと、旅行先では美味しいご当地グルメを堪能して、お酒を飲んでいます。時には道に迷ってテンパったり、ヨーロッパの街並みに感動したりと、見かけはヨーロッパが大好きな普通の旅行者です。

ニコニコ動画
「ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡」シリーズを
ダークリズム・ジャパンのニコニコ動画にも寄稿しています。
http://ch.nicovideo.jp/darktourism