【第7回】両大戦の休戦条約調印の舞台、コンピエーニュの森 ~独仏因縁の場所~|トピックスファロー

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2014年11月20日
【第7回】両大戦の休戦条約調印の舞台、コンピエーニュの森 ~独仏因縁の場所~

ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡 シリーズNO7
戦争の歴史からみたコンピエーニュは、第1次世界大戦において、ドイツがフランスに降伏調印した場所であり、第2次世界大戦では、反対にフランスがドイツに降伏調印をした場所です。

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パリとドイツにとって因縁の場所、コンピエーニュ

パリから北東に約80KMに位置するコンピエーニュは、パリから列車で気軽に行くことができるため、日帰りで訪れる人が多い街です。
そんなコンピエーニュは、中世の城や宮殿等がある街としてガイドブックには紹介されています。
戦争の歴史からみたコンピエーニュは、第1次世界大戦において、ドイツがフランスに降伏調印した場所であり、第2次世界大戦では、反対にフランスがドイツに降伏調印をした場所です。
コンピエーニュ郊外の森には、両大戦の休戦条約が結ばれた場所が、記念館(THE ARMISTICE CLEANING)として公開されています。
          

コンピエーニュへのアクセス

コンピエーニュの町並み パリ北駅から列車で40分~1時間10分ほどでコンピエーニュ駅に到着します。パリ北駅からの列車の本数も多いです。
駅を出てオワーズ側を渡って10分ほどで街の中心広場PL.De l’Hotel de Villeに着きます。広場には、文化遺産に登録されているゴシック様式の市庁舎が建っており、その隣には観光案内所があります。観光案内所ではパンフレットも充実しているので覗いてみると良いでしょう。休戦条約調印の記念館までの地図もあります。

コンピエーニュの観光案内

コンピエーニュ城 コンピエーニュには、見どころがいくつかあります。
コンピエーニュ周辺は王族の狩猟地だったので、王族関係のお城が観光の目玉となっています。
フランス君主制最後のブルボン王朝の宮殿、「コンピエーニュ城」が中心広場から歩いてすぐの場所にあります。内部はナポレオンの部屋、マリーアントワネットがデザインした部屋も見学できます。
駅前からバスに乗って郊外へ行くと、小高い丘の上に建つ軍艦のようなピエルフォン城があります。ナポレオン3世が改修させた城で、中世の雰囲気を漂わせ、「ジャンヌダルク」など多くの映画のロケに使われています。

両大戦の休戦条約の記念館「THE ARMISTICE CLEANING」

記念館 第一次世界大戦が終わった1918年、コンピエーニュ郊外の森に置いた食堂車の中で、ドイツがフランスに降伏する調印をしました。
それから22年後、第二次世界大戦中の1940年にはドイツがフランスを屈服させ、前大戦の雪辱を果たします。
両大戦以外にも19世紀の普仏戦争、大戦間に起きたフランス軍のルール工業地域占領など、幾たびも紛争が絶えなかった国境を接するヨーロッパの大国、ドイツとフランス。永遠のライバルといえます。
第二次世界大戦でフランスに勝利した時、前大戦の屈辱を知るドイツ国民は熱狂しました。ヒトラーもまた第一次世界大戦では、伍長として前線で戦い苦汁を味わっていました。そこでヒトラーは、フランスに降伏調印させる場所として、第一次世界大戦でドイツが降伏調印した因縁の場所であるコンピエーニュの森を選んだのです。ヒトラーは当時、パリの博物館に展示されてあった勝利の記念だった食堂車をコンピエーニュの森まで運び出させ、フランスに22年前の屈辱を晴らします。

~記念館へのアクセス~

記念館周辺 コンピエーニュ駅を背に左側のオワール川沿いの道を、約10KM弱ほど、ひたすら進めば記念館に着きますが、とても歩ける距離じゃありません。(筆者は徒歩で行こうとしましたが、記念館まで6KMの表示を見た瞬間に降参して、ヒッチハイクして辿りつきました。)路線バスもないので、駅からタクシーの利用をオススメします。
タクシーは片道10数ユーロほどです。帰りは記念館の係員に言えば、タクシーを呼んでくれます。

~森の中にある記念館~

食堂車が置かれたレール 森の中にたたずむ、「THE ARMISTICE CLEANING」。広場には食堂車が置かれていたレールが残っています。戦車の複製もあったりして軍事博物館っぽい雰囲気もあります。アクセスもよくないので見学客もほとんどいません。
その奥にポツンとあるフランス国旗が3つ飾ってある建物が、記念館となっていて見学できます。
館内は、両大戦の調印に使われた食堂車が実物大で復元されて置いてあり、1918、1940年、当時の調印の様子の写真が展示されています。また、1940年、食堂車がパリの博物館からコンピエーニュの森まで運び出される経緯を撮影した写真も展示されています。
1940年に調印した後、食堂車は、フランスへの雪辱の象徴として、ベルリンへ運ばれドイツ国民に向け展示されます。しかし、ドイツの旗色が悪くなった戦争末期、再びこの食堂車で、フランスに降伏の調印をさせられるのではないかと恐れたヒトラーは、食堂車を破壊させたと言われています。

入場料: 5ユーロ
言語: フランス語のみ(英語なし)
記念館内部は撮影禁止
お土産コーナー有り

~コンピエーニュの森が登場するマンガ~

手塚治虫の「ヒトラーに告ぐ」でも、コンピエーニュでの休戦調印の場面が描かれています。ヒトラーが調印に出向いた際、石碑に1918年のドイツの敗戦を記されている言葉を読み上げ、怒りながら、ヒトラー自らの手でその石碑を壊します。その横で前大戦で従軍していたヒトラーの老運転手が涙ながら「総統は仇をうってくれたのじゃ」ってしゃべっているシーンがあります。

大都会パリとは違ってのんびりとした街

パリ市内の観光のついで、1日だけパリからコンピエーニュに足を伸ばしてはいかがでしょうか。大都会パリとは違ってのんびりとした街、コンピエーニュ、近現代のドイツとフランスの因縁の場所や、ナポレオンゆかりの場所を訪れてみてください。

【連載ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡

著者:HIRO

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ヨーロッパ各地の世界大戦の戦争遺跡を周って取材しています。
だから、戦争遺跡ライターです。
学生時代から、事件、事故現場、戦争跡地を野次馬のように行くダークツーリズムラー。
特にヒトラー、ナチスなど、第2次世界大戦のヨーロッパ戦線に関することが一番好き。
しかし、重いテーマの旅をしているかというと、旅行先では美味しいご当地グルメを堪能して、お酒を飲んでいます。時には道に迷ってテンパったり、ヨーロッパの街並みに感動したりと、見かけはヨーロッパが大好きな普通の旅行者です。

ニコニコ動画
「ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡」シリーズを
ダークリズム・ジャパンのニコニコ動画にも寄稿しています。
http://ch.nicovideo.jp/darktourism