【第90回】半日で陥落したベルギーが誇った、エバンエマール要塞-その1|トピックスファロー

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2022年11月18日
【第90回】半日で陥落したベルギーが誇った、エバンエマール要塞-その1

1940年5月10日、硬直状態だった西部戦線でドイツ軍が攻勢に出ます。フランスのマジノ線は迂回しましたが、ベルギーのエバンエマール要塞は空挺部隊が制圧します。そのエバンエマール要塞の今は?

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ベルギーのエバンエマール要塞とは?

前年の開戦以来、西部戦線ではドイツ軍、イギリス、フランスの連合軍がお互いの陣地で睨みあうだけの硬直状態が続いていました。当時、その状態は「奇妙な戦争」、「いかさま戦争」、「座り込み戦争」などと揶揄されていました。

しかし、西部戦線の平穏も終止符が打たれます。

1940年5月10日、ドイツ軍がフランス、中立国を表明していたベルギーとオランダに対して総攻撃を開始。運河の国、オランダはドイツ軍のグライダー部隊によって、橋や堤防を制圧され、フランスは難攻不落と思われたマジノ線を迂回されます。ドイツ軍は、走行不可能と思われていたベルギー南部とルクセンブルクの森林地帯(アルデンヌ地方)に奇襲をかけて、両国の軍隊は瞬く間に崩壊の一途を辿っていきました。

エバンエマール要塞エバンエマール要塞

フランスとオランダに関しては、「【第39回】ドイツ軍に敗れたフランスが誇る難攻不落の要塞、マジノ線」「【第22回】アムステルダムの街中に残る第二次世界大戦中の面影を訪ねてみる」もご参照ください。

ドイツ軍の進路ドイツ軍の進路

また、ベルギーも両国と同じ運命を辿ることになります。ベルギーが国家の存亡の命運を託していたのが、「エバンエマール要塞」(Fort Eban-Emael)でした。

場所は、オランダのマーストリヒトの対岸にあって、要塞の東側は並行に流れるアルベール運河とミューズ川の分岐点になり、北側にアルベール運河が流れます。

エバンエマール要塞は、1930年代の戦間期に建設が開始されて1935年に完成。第一次世界大戦でドイツ軍に国土を蹂躙されたベルギーが、将来のドイツ戦対策として建設したものです。ドイツと国境は接していませんが、ベルギーとドイツの間に食い込んだオランダ領土との境にあります。ドイツと国境を接しているベルギーの南部地帯は、上述のアルデンヌの森林が自然要塞となると想定されたため、平地のオランダ領を突っ切って進撃するドイツ軍を威嚇できたのです。

筆者もアーヘンからバスでマーストリヒトまで向いましたが、途中多少の起伏はあっても、見通しのよい風景が続いていました。戦争になれば侵入に適したルートだと感じます。

アーヘン~マーストリヒト間の風景アーヘン~マーストリヒト間の風景路

エバンエマール要塞の近隣の地図エバンエマール要塞の近隣の地図

ベルギー、オランダ、ドイツの位置の中のエバンエマール要塞ベルギー、オランダ、ドイツの位置の中のエバンエマール要塞

要塞は地下深い鋼鉄とコンクリートの回路を基本として、約1,200人が守備していました。

しかし、マジノ線同様、陸での守り中心の塹壕戦が中心だった第一次世界大戦の教訓を生かして、陸からの攻撃を想定していた防御技術は、空から攻めるドイツ軍の先方には無力だったのです。エバンエマール要塞は、付近の橋と共にドイツ軍のグライダー部隊にあっという間に制圧されてしまいました。そして、ベルギーもフランス、オランダ同様、なすすべもなくドイツ軍の軍門に下ってしまうのです。

そんなエバンエマール要塞の現在の姿を紹介します。

オランダのマーストリヒトからの行き方

筆者はオランダの国境の街、ドイツのアーヘンからバスでマーストリヒトに向い(片道約1時間 7.5ユーロ、350番のバスが国境を越えて往復、共に駅前から出発)、そこで一泊して、エバンエマール要塞に向かいました。

アクセスの悪いエバンエマール要塞の場合、マーストリヒトを起点にタクシーで行くのが無難だと思います。所要時間は片道約15分、35ユーロ前後(5,000円ほど)になります。数人のマーストリヒトのタクシーの運転手に聞き込みしましたが、同様の答えでした。

オランダでもっとも古い街と言われるマーストリヒトオランダでもっとも古い街と言われるマーストリヒト

なお、エバンエマール要塞からマーストリヒトに帰るタクシーも、併せて予約しておくことをおすすめします。行きに使ったタクシーの運転手に、帰りの時間を伝えて送迎してもらうこともできます。
マーストリヒトのタクシーは送迎代を取りません。見学から2時間後くらいを指定するとちょうど良いでしょう。

エバンエマール要塞はベルギーで国境を超えるタクシーという体験することができます。
当然、オランダとベルギーは同じEUのシェンゲン協定によって、国境審査はありません。
途中で川を2つ渡って2つ目の川(アルべート運河)を超えるとベルギー領内になり(1つ目はミューズ川)、そこがエバンエマール要塞があるエバンエマール村になります。

アルべート運河アルべート運河

内部と外部が見学できるエバンエマール要塞

筆者がエバンエマール要塞の入り口に着いた時、まだオープン前の9時台でした。9月終わりの少し寒々とした中で一人で待っていると、止まっていた観光バスの中から、団体客らしき一団が先行で入っていく姿が見えました。

オープン時間の10時になると突如、サイレンのようなものが鳴り、門が音を立てて自動でゆっくりと開く姿は不気味そのもので、これから要塞跡に潜入する雰囲気を醸し出してくれます。

ちなみに入り口になっているトーチカは、防御用の掩蔽壕(えんたいごう)で対戦車60mm砲が備えられており、ドイツ軍のグライダー舞台に制圧された翌日、ドイツ軍の地上部隊に攻撃されます。

入り口入り口

入り口付近。ベルギーとアメリカの国旗がなびく入り口付近。ベルギーとアメリカの国旗がなびく

外観はフランスのマジノ線の入り口と似たような雰囲気でしたが、まず違いを感じたのは、チケットを購入するレセプションまでが遠いということ。マジノ線は中に入るとすぐチケットとパンフレットを売っていますが、エバンエマール要塞は数百メートル歩かされるので、途中の展示は無料で見ることができます。

永遠と続く通路永遠と続く通路

永遠と伸びる不気味な廊下をひたすら歩くと、左側に軽食が取れるカフェ兼レストランの部屋、その隣にやっとチケットやお土産を購入できるエントランスがあります。

ちなみに当時レセプションは食糧庫、カフェ兼レストランはキッチンでした。

カフェ兼レストランカフェ兼レストラン

エントランスエントランス

エバンエマール要塞は、個人で見学できる日時に限りがあり、1月から3月は公開されていません。それ以外の時期もオープンが10時、ラストの入場が14時台と時間に制限があるので、詳しいスケジュールは下記の公式サイトで確認してください。月曜日は閉館しています。入場料金は10ユーロ。

エバンエマール要塞は内部と外部が見学出来て、後程紹介する外部に関しては、無料でいつでも自由に行き来できます。冬季には外部だけでも見学できます。

イントロダクション

エバンエマール要塞公式サイト
https://www.fort-eben-emael.be/en/

エバンエマール要塞公式サイト(個人見学のスケジュール)
https://www.fort-eben-emael.be/en/individual_visit/

お土産コーナーお土産コーナー

意外と狭いエバンエマール要塞の内部

チケットと2ユーロの案内図を購入して、さっそく本格的にエバンエマール要塞の内部に入っていきます。

全体的にはマジノ線よりは狭いです。マジノ線では所々にSOS電話が設置されていましたが、エバンエマール要塞では見当たりませんでした。見学コース内にはスタッフの方も1名いるだけなので、迷子にならないように注意したいところです。

また、マジノ線でもそうでしたが、基本的に見学客はガイド付きの団体ツアーがメインで、個人で見学している人はあまりいません。そのため中に入るとほとんど人とそれ違うことはなく、まさにアトラクションのお化け屋敷よりはるかに雰囲気があります。散策していて恐怖を感じることがあるので、訪問する際は心得ていてください。

内部の展示は、指令室、石炭貯蔵庫、エンジン室、ボイラールームなど、戦闘のためのものから、食堂、床屋、祈禱室など、駐屯する兵士の日常生活に欠かせないものもあります。

指令室指令室

床屋床屋

休息ルーム休息ルーム

マジノ線もそうでしたが、戦争のための軍事施設であると同時に要塞自体が1つの商店街となっている感じがします。

またエバンエマール要塞の歴史を解説してくれるビデオルームがある部屋もいくつかあります。

ビデオルームビデオルーム

謎の階段とエレベーターで迷子?

エバンエマール要塞内部の一番の見所だと思うのは、内部で最も右側に位置する扉を開けると突如、出現する頂上が見えない急斜面の階段です。扉の前にはスタッフが駐在していて、扉を開けてくれます(ビデオルームも近くにあり、このスタッフの方に申し出ると映像をスタートさせてくれます)。

階段の隣にエレベーターもありますが、せっかくなので階段を登ってみました。正直、人生でこんな急な階段は初めての体験です。何段あるかはわかりませんが、2分ほどで上まで上がることができました。

階段を上った先は、迷路のようにいくつものトンネルが分かれていた空間でした。てっきり地上に出て外部を見学できるかと思いましたが、違ったようです。トンネルの先には当時のことを説明する展示室などがあります。

そのトンネルを進んでいくとエレベーターを発見!これで上に行けるかと思ったら、なんと下へ下がりはじめました。1分30秒ほどで着きますが、エレベーターの1分30秒はとても長くて感じて恐怖感満載。さらに着いたら、階段の下で何もないところで恐怖感がマックスになってしまいました。すぐ来たエレベーターで上へ引き返しましたが、冷静に考えると、最初の扉のところに戻っただけでした。

エレベーターの扉エレベーターの扉

笑い話に聞こえるかもしれませんが、要塞の中というのはそれくらい方向感覚が狂ってしまうのです。階段を上った時間とエレベーターを使った時間はあまり変わらなかったので、ゆっくりしたスピードのエレベーターだったのでしょう。そうしたことも平衡感覚が錯覚を起こしやすくなる要因だったのかもしれません。

【第90回】半日で陥落したベルギーが誇った、エバンエマール要塞-その1
>【第90回】半日で陥落したベルギーが誇った、エバンエマール要塞-その2

【連載】ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡(第1回~第100回)

著者:ヒロマル

戦争遺跡ライター
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1979年神奈川県生まれ、神奈川県逗葉高校、代々木ゼミナールで1浪、立教大学経済学部卒業。

大学在学中からヨーロッパ、アジアなどを海外放浪してハマってしまい、そのまま新卒で就職せずフリーターをしながら続ける。その後、会社員生活をしながらも休み、転職の合間を利用して海外放浪を続ける。50ヶ国以上訪問。会社の休暇を利用して年に数回、渡欧して取材。

2012年からライター業を会社員との二足のわらじで開始。
2014年からwebメディア(株)フォークラスのTOPICS FAROで2つのシリーズを連載中。

▼もんちゃんねる(You Tube)
https://www.youtube.com/channel/UCN_pzlyTlo4wF7x-NuoHYRA

▼「ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡」シリーズ
https://topicsfaro.com/series/warruins
ヨーロッパ各地を取材し、第二次世界大戦に関する場所を紹介。
軍事用語などは極力省き、中学レベルの社会の知識があれば楽しめる記事にしています。
同シリーズが2017年に書籍化。
「ヒトラー 野望の地図帳」(電波社)から全国書店の世界史コーナーで発売中。

▼「受験に勝つ!世界史の勉強法」シリーズ
https://topicsfaro.com/series/wh
2018年から主に世界史を中心とした文系の勉強方法について執筆。
大学受験だけでなく、大学生や社会人の大人の教養としての世界史の勉強方法にも触れて、
高校生、大学生、社会人とあらゆる世代を対象としています。

世間の文系離れを阻止して、文系の学問の復権に貢献することが、2つの連載の目的です。

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