【第12回】1945年5月8日、第2次世界大戦のヨーロッパ戦線が終結した場所|トピックスファロー

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2015年3月12日
【第12回】1945年5月8日、第2次世界大戦のヨーロッパ戦線が終結した場所

1945年5月、ソ連軍がドイツの首都、ベルリンを占領して第2次世界大戦におけるヨーロッパ戦線は終結しました。そのドイツ軍が連合国軍に降伏調印した歴史的な場所がベルリン郊外に残されています。

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ドイツ軍が降伏した場所へ

ドイツ・ロシア博物館へのアクセス

ベルリンの中心部からは少し離れていますが、べルリンの旧東側にあるカールスホルストという閑静な住宅街があります。
ここ、カールスホルストに1945年5月8日、ドイツ軍が連合国軍に降伏の調印をした建物が、ドイツ・ロシア博物館(GERMAN=RUSSIAN MUSEUM BERLIN-KARLSHORST)として公開されています。
この博物館の建物は、旧ドイツ軍工兵学校の講堂で、冷戦時代に博物館として公開されました。(2013年4月にリニューアルオープン)

最寄り駅であるS-bahn 3番線 Karlshorst駅を降りると、ドイツ・ロシア博物館へと案内する看板がすぐ目に入ります。 その看板にはロシア語の表示もあります。ドイツ、ロシア両政府によって出資され建設されている博物館ですが、ソ連の影響が強い施設だというこかります。
看板の矢印が指す方向の通りを歩くと住宅街に入り、徒歩15分ほどでドイツ・ロシア博物館に着くことができます。(駅前からます)。

ドイツ・ロシア博物館の建物の風貌は、住宅街の他の建物とさほど変わりませんが、建物の横や裏にはソ連の戦車が並び、閑静な住宅街には不釣合いな光景として目に入ってきます。
【1】ドイツ語とロシア語の案内板>ドイツ語とロシア語の案内板 【2】ドイツ・ロシア博物館の外観
ドイツ・ロシア博物館の外観
【3】博物館の庭になるソ連の戦車
物館の庭になるソ連の戦車

そのまま残っている降伏調印が行われたホール

博物館の入口に入ると2つのドアがあり、左側のドアの上にはドイツ語で1945年5月8日、右側のドアの上にはロシア語で1945年5月9日と表示されています。
これは1945年5月8日にドイツが降伏して、翌日の1945年5月9日からソ連の支配になったことを意味します。
【4】5月8日はドイツ語と5月9日はロシア語
5月8日はドイツ語と5月9日はロシア語
そのドアをくぐるとホールになっています。
そこが、ソ連軍のジューコフ元帥とドイツ軍のカイテル元帥らが降伏文書に調印した場所です。
ホールの壁には、戦勝国のアメリカ、ソ連、イギリス、フランスの国旗が高らかに掲げられており、降伏調印に使用されたテーブルがあります。
また、ホールには英語、ロシア語、ドイツ語の直筆の署名が入った降伏文書のレプリカが、ガラスケースの中に展示されています。
降伏文書の展示の隣には、降伏調印が行われた当日のモノクロ映像が上映されていて見学することができます。
降伏調印が行われた前日の5月7日には、西部戦線のアメリカ、イギリス、フランス軍へのドイツ軍の降伏の調印が、フランスのランスという街のアメリカ軍司令官、アイゼンハワー将軍の司令室で行われました。
それに続いて行われたこの東部戦線のソ連を含めた連合軍に対する調印によって、欧州戦線は正式に終了したことになります。 【5】3国の国旗が掲げられているホール
3国の国旗が掲げられているホール
【6】降伏文書のレプリカ
降伏文書のレプリカ

日本とヨーロッパの終戦日への意識の違い

この博物館の英語のパンフレットにこのような文言があります。

「It ended on 8 May 1945 in Europe and on 2 September 1945 in Asia」

これを読むと、太平洋戦争の終戦は9月2日ということになっています。
日本国内で終戦記念日と言われる8月15日ではありません。
1945年9月2日、アメリカ軍の戦艦ミズリー号で、重光葵外務大臣が降伏文書に署名をしました。よってこの日が日本軍が連合軍に降伏した、正式の日となります。

8月15日は、天皇陛下によるポツダム宣言を受け入れたという旨の玉音放送が流された日にしかすぎないのです。
毎年8月15日、日本国内で、首相が靖国神社を参拝することでアジア各国の反応がメディアに大きく報じられますが、欧米では8月15日を第2次世界大戦の終結した日という認識は持っていないようです。
このパンフレットの文言のように欧米では、第2次世界大戦の終了は「1945年9月2日」というのが、一般的な意識です。

1945年4月30日、総統のヒトラーがベルリンの地下壕で自殺するシーンは、ナチス崩壊の象徴として認識されています。
世界中に「HITLER DEAD」と配信され、その新聞を読んで戦争の勝利を喜ぶ連合国の兵士の写真が、ヨーロッパの戦争系の博物館ではよく目にします。
しかし、4月30日で戦争が終わったという意識はヨーロッパにおいては薄く、正式文書で降伏調印がされた5月8日がヨーロッパ戦線、9月2日が太平洋戦線の終結した日なのです。

特にヨーロッパ戦線の降伏文書が調印された場所の博物館だけあって、降伏文書に正式に署名した日こそ、戦争が終結した日というこだわりは強いのでしょう。
海外の戦争博物館を訪れると、終戦日に日本と欧米の意識の違いも発見できたりします。 【7】ヒトラー自殺の一報の新聞を読む連合軍兵士
ヒトラー自殺の一報の新聞を読む連合軍兵士

英語の肩身が狭い独ソ戦の歴史博物館

2階は、20世紀のドイツ・ソ連(ロシア)の歴史博物館のようになっていますが、当然、第2次世界大戦中の独ソ戦の展示が中心となっています。
ドイツ・ロシア博物館が開館された冷戦時代当時の展示は、ドイツがソ連の影響下にあったということもあり、ナチスの圧制からドイツを解放したソ連という色合いが強かったそうです。
その後、ベルリンの壁が崩壊して、東ドイツが消滅。それに続きソ連の崩壊による時代の変化もあり、当時に比べれば、ドイツ、ソ連のどちらに傾くことない中立に近い内容にリニューアルされています。
展示の説明文はドイツ語、ロシア語、英語で表記されていますが、英語だけが遠慮したように一番小さい表示になっています。
これはアメリカ、イギリス軍よりも先にベルリンに突入して占領したソ連軍への配慮とも読み取れることができます。
しかし、この英語表示すら、2000年代になってもしばらくはなかったようで、今でもソ連の影響が強い博物館と言えます。
その時の国際関係によっては、今後、ドイツ・ロシア博物館の展示も変化していくかもしれません。
ヒトラーが自殺した地下壕、ソ連国旗が翻った国会議事堂、ベルリンのソ連の戦勝記念公園などについては、「1945年、独ソのベルリン最終決戦の跡地」を散策を参照してみてください。
【8】ロシア語とドイツ語の表示のみ
ロシア語とドイツ語の表示のみ
【9】連合軍の国旗がある手に首を絞められるヒトラー
連合軍の国旗がある手に首を絞められるヒトラー

ドイツ・ロシア博物館のイントロダクション

住所: Zwieseler strabe 4 10318 Berlin
最寄り駅: S-bahn 3番線 Karlshorst
アクセス: 駅前のRheinsteinstrabe通りを徒歩15分もしくは296番のバス
入場料: 無料
説明文:英語、ドイツ語、ロシア語
カフェテリア類なし
開館時間:10:00~17:00(月曜日 休館日)
ホームページ:http://www.museum-karlshorst.de/
【連載ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡

著者:HIRO

戦争遺跡ライター
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ヨーロッパ各地の世界大戦の戦争遺跡を周って取材しています。
だから、戦争遺跡ライターです。
学生時代から、事件、事故現場、戦争跡地を野次馬のように行くダークツーリズムラー。
特にヒトラー、ナチスなど、第2次世界大戦のヨーロッパ戦線に関することが一番好き。
しかし、重いテーマの旅をしているかというと、旅行先では美味しいご当地グルメを堪能して、お酒を飲んでいます。時には道に迷ってテンパったり、ヨーロッパの街並みに感動したりと、見かけはヨーロッパが大好きな普通の旅行者です。

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「ヨーロッパで訪れたい世界大戦の戦争遺跡」シリーズを
ダークリズム・ジャパンのニコニコ動画にも寄稿しています。
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